2013年10月2日水曜日

『漱石と温かな科学』(小山慶太)の読了にいたるまで

表題の本は、もう10年以上も前に購入した新刊書をこれまで読まずにいたものである。永らく放置していたこの本に手を伸ばしたきっかけは、一連の最近の読書である。読了した順を遡って列記してみると次のようになる。



岡潔 『春宵十夜』、ごく最近再刊された文庫本

太田文平 『寺田寅彦』、古書店の店先で偶然に見つけて購入

中谷宇吉郎著、福岡伸一編、『科学以前の心』、最近の文庫本

高瀬正仁 『岡潔 数学の詩人』、岩波新書

小林秀雄+岡潔 『人間の建設』、新潮文庫、最近の刊

白洲次郎 『プリンシプルのない日本』、最近の文庫本

白洲正子 『隠れ里』、『白洲正子自伝』、『西行』、いずれも購入した文庫本


とまあこんなところ。

小林秀雄の本は書店の文庫本コーナーの平積みで見つけたが、昨年あたりから読んでいた白洲正子と白洲次郎が作品と私生活でも影響を受けていたことで念頭にあったことは確かだ。もちろん小林秀雄は現在なお多数の著者やジャーナリズムで言及され続けている人物でもあり、多く人々の念頭に常にあるのだろう。哲学者の木田元氏の近年の著書でもかなり目立って言及されていた。しかし個人的には若いころにあの有名な『モオツァルト』を読んだだけだった。それが岡潔との対談ということで新たな興味が湧いたことは確かである。

上記の中、『人間の建設』までは、すでに当ブログの記事にしている。

『人間の建設』を読了した後、続いて小林秀雄とその周辺に向かう気もあったが、結果的に岡潔の周辺に向かっていったようだ。岡潔と親交があった中谷宇吉郎の本も偶然なのかどうか、新刊文庫本のコーナーで目が止まり、もともと関心のある人でもあったので購入して比較的すぐに読了した。その後、中谷宇吉郎の先達でもあり、先生でもあったともいえる寺田寅彦の伝記を古書店で見つけてそれも積読にはならず比較的早期に読了した。それと殆ど同時にまた岡潔の恐らく処女作だろうと思われる『春宵十夜』を読了したわけである。この本が新刊書として刊行されたとき、恐らく立ち読みした記憶がある。数学志望でそれが果たせなかった大学の同級生が読んで憧れていたことは確実だったが、なぜか自分は購入してまで読む気にはならなかった。


寺田寅彦と親密な関係にあってその弟子であったところの先生であり、中谷宇吉郎と岡潔にも特別深く敬愛されていたといえるのが漱石にほかならないが、その漱石と科学との関わり、あるいは接点とも言えるかもしれないが、漱石のその面にフォーカスを当てた漱石論とも言えるのがこの本、『漱石と暖かな科学』と言っても良いだろうと思う。著者のあとがきによると、「漱石の作品や生きざまを通して織りなされる文学と科学の綾を、七つの物語にしてまとめて描いてみたのが本書である」となっているが、「織りなされる文学と科学の綾」とは実にうまく表現したものだと思う。この表現自体が非常に文学的で、あまり科学的でも論理的でもないが、実に適切で、他に言い様がないとも言える。私には接点とでも表現するしか能がないが。

ともかく、漱石の思想や文学と科学との関係を理論的に解明できたものとも説明できたものとも思えないが、それでも確実に漱石あるいはその周辺と時代そのものと科学との深い関わりを暗示する含蓄のある本だったと思う。もちろん、作品以外に、寺田寅彦や科学の面で関わりのあった何人かの人物も登場する。

さらに文学一般と科学の関係などを掘り下げることや漱石の科学性や科学観について考究することも意義あることだろうが、今これ以上この問題で考えるいとまも能力もない。ただ、「話変わって」、というべきかもしれないが、個人的には鴎外との関係または対比で、少し思うところがある。今のところ寺田寅彦、中谷宇吉郎、岡潔の三人共に、鴎外について語っている文章に行き当たっていないが、少なくとも漱石ほどには評価していなかったのだろう。現在の一般的な人気においてもそういえる。しかし私的には、最初に両者の作品群を多少とも読んだ頃から、鴎外のほうが偉いという感想をもっていた。

鴎外は、漱石が意識的にかどうかは分からないが、扱うことを避けたと思われる人生の重要事に重点をおいて追求しつづけていたように思う。それは職業、仕事、あるいは使命、天職という問題で、見方によっては立身出世の問題になってしまい、そういう問題を避ける事で漱石は人間関係の深みを追求する事ができたのかも知れないとも思う。その辺りについては、漱石の作品群もごく通り一遍にしか読んでいないので何も言えない。

過去に、漱石の代表作をひと通り読んだ頃と同時期に鴎外選集をかなり読んだので、その頃から私は鴎外と漱石について上記のような印象を持っていた。後年の史伝と呼ばれる作品群になると難しくてとても読めなかったが、渋江抽斎までは、一応面白く読めた記憶がある。鴎外が描いたそういう人物は過去の武士を含めた役人や学者の場合が多いが、初期の短編ではもっと身近な職業人や職人も多く、漱石の描いた人物よりもはるかに多様であるといえる。女性を描くの場合もそういうところがあり、有名な「安井夫人」は変な言い方だが、学者の妻という、一つの天職に取り組む女性を描いたと言えないこともない。夫との感情的な人間関係については何も書いていないし推測も憶測もしていない。著者が推測しているのは彼女の「あこがれ」であって、確かにそれはあまりにも茫漠としたものではある。が、やはり漱石作品と同様に純然たる文学である。やはりゲーテの影響は否定出来ないと思うが、漱石がゲーテをどう思っていたのだろうかと思うことはある。

・・・今はこの記事でもうあまり時間をとる気にもなれないので、あとはちょっと断片的なメモをいくつか。

◆岡潔は、世界的にいっても女性を本当に描くことができたのはドストエフスキーと漱石だけだと言っている。他にも断片的だが岡潔の文学論で意味深長な発言は多い。

◆しばらく前からカッシーラーの「啓蒙主義の哲学」を少しづつ読んでいる。ちょうどデカルトからニュートンにいたる時代の考察を読んでいて、「漱石と暖かな科学」の記述と重なるところがあり、興味深かった。

◆寺田寅彦は俳句の創作で漱石と深くつながっていた。岡潔も芭蕉と俳句そのものを高く評価していた。それに対して鴎外はどちらかと言うと短歌や歌人達と関わりが深かったようなところがある。岡潔はまた「佐藤春夫は芥川は詩がわからないといっているが、むしろ佐藤春夫は詩人ではなくうたびとだという気がする」と書いている。これと関係があるかどうか分からないが、太田文平著『寺田寅彦』には次のような一節がある。「俳諧の精神はロマンよりも写実をとるということであり、抽象的なものより具体的なものを対象にするのが、科学における寅彦の俳諧の私信の真髄である。・・・」この辺りの事は個人的に、短歌も俳句も理解しているとはいえないのでよくわからないが気になるところではある。どちらかと言えば短歌の方が好きかなという程度だ。

2013年8月27日火曜日

カッシーラー、『人間』の意義を今の自分なりに要約してみると

前回記事で、カッシーラー、『人間』の再読をきっかけに、今回特に強い印象を受けた箇所を抜き書きしてみた。またこれも同様に、この本を友人に勧めることになった結果、この本のどこが気に入っているかと問われることとなり、即、全部としか言いようがないというような言い方で返信してしまったが、改めて、具体的にどの箇所かということではなくどういうところか、という、いわばまとめというか、当方自体の理解度を問われていることでもあることに気づき、またしばらく考え込まざるを得なかった。

結局、今回は次のように返信をした。

「・・・カッシーラーの『人間』の第二編で扱われている神話と宗教、言語、芸術、歴史、および科学について述べられている 論考は、現在のところそれらについてもっともすぐれた定義になっているのではと、個人的に考えている次第なのです。もちろんその定義はシンボル形式という 認識から到達できたことなのだと思うわけです。

これは我ながらうまくまとめられたような気がした。例えば「芸術とは何か」といえばすなわち芸術論そのもので、そのような本は無数にあるだろうし、この表題そのものの題の本もいくらでもありそうだし、特に有名なトルストイの本は一度読んだことがある。神話と宗教、言語、歴史、科学にしても同様で、無数にあるとも言えるだろう。

しかしこれらすべてを包括的に定義できたような本で、その定義も考え得る最先端を行っているといえる著作がこの書物である、と言えるのではないだろうか。もちろん、当方はそのようなことを公言できるような読書家でも、教養人でも、もちろん専門研究者でもないので、これは嗅覚とでもいう程度のものかもしれないが、それなりに確信はある。


著者がこの書を著すきっかけとなった当初の目的は、『シンボル形式の哲学 』の英語版を作成するという動機であるとされるが、その『シンボル形式の哲学』とこの『人間』とを比較して特に目立つ違いを見てみると、こちらでは科学に関する部分が分量的に極めて少なく、その代わりに芸術と歴史に関する記述が比較的多くを占めていることに気付く。それはこの本がより一般的な読者層を対象にしているからと言えるのだろうが、それ以上に意味深なところがあるようにも思われる。そして、それに呼応するように当然、芸術家や歴史家からの引用が多くなっているが、全体を通じてゲーテからの引用の多さが際立っている印象を受ける。改めてゲーテの影響力の大きさと、哲学者としてのゲーテの重要性を思い知らされる次第だ。


2013年8月2日金曜日

歴史と科学 ―― カッシーラー『人間』よりやや長い引用というより抜き書き

先日、かつて学生時代に一度読んだカッシーラー『人間』宮城音哉訳、の再読を終えたので、メモしておきたい。

現実のところ、内容を今まで、具体的に記憶し続けていたわけではまったくない。しかし、改めて読み返してみると、その後自分があれこれと考えたことの多くがこの本の影響を受けていたことに改めて気づかされた。もちろん、その後で散発的に読んだゲーテなどの本の記憶や影響と重なる部分もあり、どこまでがこの本の影響なのかと言い切ることもできないではあろうけれども。それにしてもゲーテからの引用が多く、改めてゲーテの影響の深さにも気づかされたといえる。

今回特に印象に残った長い一節を抜き書きしておこうと思う。やはり年のせいか、歴史の問題に興味の重心の一部が移ってゆくようなところもある。次の引用というより抜き書きは「歴史」と題された第十章からのものである。

『偉大な科学者マックス・プランクは、科学的思考の全過程は、すべての「人間学的」要求を除去しようとする恒常的な努力だと述べた。我々は自然を研究し、自然法則を発見して、公式化するためには人間を忘れねばならぬ。科学的思想の発展において、擬人的(主観化的)要素は、次第に背景に退けられ、ついに物理学の理想的構成においては、全く姿を消すのである。歴史学は、これとは全く異なった方法をとって発展する。それは、人間世界においてのみ生き、また呼吸することができる。言語及び芸術と同様、歴史は根本的に擬人的である。その人間的側面を除去することは、その独特の性格と本性を破壊することであろう。しかし、歴史的思想の擬人性は、なんら、客観的心理の制限でもなく、客観的心理を妨害するものでもない。歴史は、外部の事実や事件ではなく、自己の知識の一形式である。自己を知るために、自己を超えて行こうとしてもむだであるし、いわば自己の影を飛越えようとすることはできぬのである。私はこれと反対の方法を選ばねばならない。歴史において人間は、つねに自己自身にかえる。人間は、その過去の経験全体を回想し、これを現実化しようと試みる。しかし、歴史的自己は、単に個人的自己ではない。それは擬人的ではあるが、自己中心的ではない。矛盾した表現形式を用いるならば、我々は、歴史は「客観的擬人性」を表現するものということができる。歴史は、人間経験の多様性を我々に教え、これによって我々を、特殊で唯一の瞬間における、気まぐれと偏見にしばられぬようにする。歴史的知識の目的は、実に自己の――我々の知る自我および感ずる自我の――このような豊富化であり、また拡大であって、これを除去することではないのである。』