2026年9月6日日曜日

鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その10― カント哲学との関わりで(3)― カントは左右の方向概念の問題を置き去りにした

鏡像反転に関わる論文のいくつかではカントの言説が引用されたり、参照されたりしている。いくつかの有名論文の文献リスト中で最も古いPears (1952)では、"Kant's problem of the incongruity of counter parts"という表現で言及されている。この問題はつまるところ、対掌体対の形状の差異の問題である。これは、カントが学問史上で初めて対掌体の性質に着目したといえる、という事であると思われる。この点については、比較的新しいCorballis (2000) においても同様である。Corballis (2000) は次のように記述している。"As Immanuel Kant (1783/1997) long ago observed, asymmetrical enantiomorphs invite the paradox that they appear to have the same shape; for every edge, corner, or surface on one, there is a corresponding edge, corner, or surface on the other." ここでのカントへの参照は、カントの有名な著作である『プロレゴーメナ』に基づいている。

一方、Ittelson (1991) では、カントの言説は左右概念あるいは左右の定義の問題において参照されている。"The special characteristics of right and left as linguistic categories were discussed in detail by Kant and probably by others earlier, but we turn to William James (1890/1950) for his usual lucid description"。ここではカントと併せて Bennett (1970) とWilliam James (1890/1950) が参照され、Ittelson自身はWilliam James の考え方に注目してそれを引用している。

上記 Ittelson (1991) が引用しているBennett (1970) は、"The difference between right and left" というタイトルで、テーマは鏡像反転ではなく、左右概念、あるいは左右の意味、定義の問題そのものである。そして、著者はカント哲学の専門家であるそうで、この論文はカントのいくつかの著作に即して考察されていると云っても良いほどである。ただ、ここでこの論文の内容について言及することは差し控えたい。というのは、かなりの長文であるうえ、内容も文章も込み入ているようで読みづらく、現時点で私には読みこなせていない。ただ、鏡像反転問題に関しては、著者は全面的にガードナー説を支持し、ガードナー説を再現する形で説明している点、ガードナー説の限界内での理解と考察にとどまっていることがわかる。

他方、全体としてのBennett (1970) 論文が読みづらい理由の一つは、この論文では、タイトルに現れたテーマは左右という方向概念の問題なのであるが、中身はこの左右という方向概念の問題と同時に対掌体の問題と面対称性の問題も扱われている事にある。それにはやはり理由があって、この論文で参照されているカントの一つ目の論文『On the First Ground of the Distinction of Regions in Space (空間における方位の区別の第一根拠について)』(1768) の内容にそういうところがあるのである。私はこのBennett論文に初めて触れたとき、『プロレゴーメナ』については、過去に読んだことがあり、その本(岩波文庫)もまだ手元にあって、参照することができたが、前者論文(以下では[カント - 1]と称する)については参照することはできなかった。しかし昨年(2025年)になって市立図書館に通うようになって偶然、岩波書店刊カント全集が開架されていることに気づき、この論文[カント - 1]に接することができた次第である。翻訳・解説者(上村恒一郎)によると、この論文は1768年の早い時期に公刊された論文で、「カント哲学の形成と展開において非常に重要な意味をもつ論文である。その理由は、批判期におけるカント哲学の基本テーゼの一つである『空間の超越論的観念性』に繋がる思考の原型が、ここに示されているからである。」とある。

さて、この論文の全体としての構想と意義についてはさておき、ここで鏡像問題ないしは鏡像反転現象の問題との関連で扱われている問題は、Ittelson (1991) で言及されていた左右の方向概念ないしは定義の問題と、Corballis (2000) において言及されていた対掌体の性質、および面対称性の問題であるといえる。Corballis (2000) においてはカントのこの論文ではなくて『プロレゴーメナ』が参照されていた。Ittelson (1991) においては文献リストにカントの著作は見られないが、Bennett (1970) が掲げられているので、これを参照したのであろう。Bennett (1970) においてはカントのこの論文に加えてさらにカントの『Inaugural lecture: "Dissertation on the Form and Principles of the Sensible and Intelligible World』 (1770)[カント  - 2]と『プロレゴーメナ』[カント  - 3]の二つが参照されている。というわけで、結局カントの著作では上記三つの論文ないし著作で鏡像問題にも関わる問題が扱われていることになる。この三つの著作において、これらの諸問題の扱い方に違い、ないしは変遷があるかどうかが気になるのである。

検討の結果、[カント - 1]では確かに左右の方向概念の問題に加えて対掌体の性質、また面対称性の性質の問題が扱われている。しかし、[カント  - 2]と、[カント  - 3](プロレゴーメナ)では対掌体の性質ないしは面対称性の性質についての問題が扱われているが、左右の方向概念の問題については言及されなくなっていることがわかる。というのは、いずれにおいても右手と左手、あるいは右耳と左耳という用語は出てくるものの、単なる右あるいは左という用語はまったく出現しないのである。右あるいは左という言葉は右手と左手あるいは右耳と左耳という言葉でのみ出現している。要するに、カントは対掌体対の例として右手と左手、また右耳と左耳の形状を挙げているのであって、右あるいは左という方向概念そのものについては言及しなくなっているのである。じじつ、カントはここで球面の上半分と下半分(赤道面)において面対称をなす三角形の対という例も挙げている。この場合は左右対称というよりも上下対象というべきであろう。つまり、対掌体対の規定には上下も左右も関係がなく、単に反対方向が関係しているというべきである。

という次第で、カントは『プロレゴーメナ』を著した時点で、左右の方向概念の問題を扱わなかった。彼は最初の[カント - 1]以後、[カント  - 2]と[カント  - 3]においては左右の方向概念の問題を置き去りにしているといえる。ではなぜカントはこの問題を置き去りにしたままで終わったのであろうか。それは恐らく、この問題はこの時点で完成していたカント哲学の体系の中ではそれ以上に追求することは難しかったのではないだろうか。もちろんこれは、カント哲学の体系をよく理解しているわけではない私の単なる推測に過ぎない。

ところで、上述の論文[カント - 1]において、カントは鏡像問題ないしは鏡像反転現象に言及している。それは対掌体対の性質に基づくもので、基本的にガードナー説とそれ以降の諸説の基本的部分と同じである。(カントはここで対掌体について『不一致対称物』という名称を与えている)鏡像反転のガードナー説の基本的部分は、すでにカントがこの論文で解明指摘していたといえる。またこの[カント - 1]ではすでに見たように、鏡像反転の認知プロセスの分析解明に不可欠なもう一つの要素である左右の方向概念をも上下・前後の概念とのセットで取り扱っている。つまり、この論文[カント - 1]では鏡像反転現象の認知プロセスに限って全面的に解明する二つのキー要素が見つけ出され、検討されている。一つは人間の主観的な上下・前後・左右の方向概念であり、もう一つは対掌体対の幾何学的性質である。ただし、鏡像反転の理解と説明においては対掌体の性質のみが適用され、左右の方向概念については適用されることはなかった。また、認知プロセスについてのみの理解であり、物理的プロセスについても解明されることはなかった。

もちろん、[カント - 1]の基本テーマと目標、意義は、鏡像反転現象の解明にあるのではなく、翻訳・解説者のいう様に、「カント哲学の形成と展開において非常に重要な意味をもつ論文である。その理由は、批判期におけるカント哲学の基本テーゼの一つである『空間の超越論的観念性』に繋がる思考の原型が、ここに示されているからである。」という事なのであろう。この[カント - 1]論文以降の「カント哲学の形成と展開」のプロセスと結果において、上下・前後・左右の方向概念に関するアイデアが置き去りにされた、あるいは置き去りにせざるを得なかった、という事ができるのではないだろうか。もちろん、繰り返して述べると、以上は哲学全般についても、カント哲学についても、専門家でも、それに詳しいわけでもない私の単なる印象である。

2026年8月8日土曜日

鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その9 ― カント哲学との関わりで(2)― 原因性あるいは因果関係の問題(ヒューム哲学参照)

  従来、鏡像反転現象の考察では「何がその原因なのか」という原因の特定についてはあまり語られることはなく、「なぜその現象がみられるのか」という問いかけで考察が始められることが多かった。例えばガードナーによる説明では、彼は次のように語り始めている。

 「これまで鏡の反射よる対称について、簡単な説明をしてきた。この説明を頭において、そろそろ第一章で提起した問題、すなわち、鏡は左右を逆転するのに、なぜ上下はさかさまにならないのだろうか、という問題に答えてみることにしよう。」
 そしてガードナーの解答は、それを引用すると次のとおりである。
 「これまでのことを要約してみることにしよう。鏡は上下にくらべて左右を好んで逆転する、という事は全くないのである。ただ、その鏡面に直角な軸にそって、いろいろな図形の各々の点の位置を逆転する、のである(It does reverse the structure of a figure, point to point, along the axis perpendicular to the mirror)。この逆転によって、非対称形の鏡像は実物の左右像(注:Enantiomorph、対掌体)になる。我々のからだが左右相称であるので、鏡による逆転現象は、左右の入れかえとよんだほうが便利である、これは単にいい方の問題であって、習慣的にこのような言葉の使い方をするのである。(坪井忠二他訳)」
 ここでは原因を特定するという意識はなく、もっぱら「鏡」を主語にした擬人的な表現で現象が語られている。「鏡は上下に比べて左右を好んで逆転する、という事は・・」という具合である。このような「鏡が(何かを)逆転する」という、鏡を主語にした表現は、事実上すべての学術的な鏡像問題研究論文でも見られるものである。そうして、ガードナーの説明以降に、あるいはガードナー説に触発されて登場してきた諸々の論文のほとんどが心理学者によるものである。そしてついにGregory (1989) や高野 (1998) のように、光学作用を完全に、あるいは部分的に、1つの要因としても認めないような理論が登場するまでに至ったのである。

 実のところ、ガードナーは、鏡像反転現象を二段階で説明している。彼はまず、「これまで鏡の反射よる対称について、簡単な説明をしてきた。この説明を頭において・・・」と語り始めたとき、すでに最初の段階の説明を前提としている。つまり、鏡像と実物の鏡面対称性が成立し、両者が互いに対掌体(左右像)になっていることを前提としているのである。ガードナー自身を含めてそれ以後の論者の多数派は、この前提(対の形状が互いに対掌体になっている)を認めたうえで、それぞれ対の左右逆転について独自の説明を加えているが、Gregory (1987) や高野 (1998)は、ガードナーの前提を無視しているか見逃している。

 しかし、ガードナーはこの前提、つまり対が互いに面対称であり、必然的に対掌体になっていることの原因については一切考察していないのである。彼が鏡像の成立に光の正反射の法則が関与していることを認識していないとは思われない。彼は光学的な虚像の概念を当然のこととして受け入れていたものと思われる。ただしガードナーは、鏡像が成立するメカニズムを鏡の動作として擬人的に表現したのである。例えば、ガードナーが、"It does reverse the structure of a figure, point to point, along the axis perpendicular to the mirror(鏡はそのその鏡面に直角な軸にそって、いろいろな図形の各々の点の位置を逆転する)"と語るとき、彼は鏡を主語にして他動詞を用いて目的語に対して「図形の各々の点の位置を逆転する」と語っている。これは徹頭徹尾擬人的な表現であって、どのような物理的なプロセスも、認知プロセスをも表現していない。現実に鏡像反転を観察するのは個人の観察者以外ではありえない。観察者は二つの形を比較しているのであって、一方が他方に変化したり、移動したりするわけではない。しかしガードナーがこれを擬人的に表現したことによって(鏡を擬人的に表現するのは伝統的にも日常的な感覚としても、ごく普通のことだが、科学者が使う科学の言葉としてはあまりにも安易ではないだろうか?) 、この二つの形状の差異の問題が、形状が変化させられた問題と受け止められるようになってしまった。高野 (1998、他) はこの現象を「変換」と表現し、やがて終には鏡像と実物との本質的な違いを置き去りにして、鏡像を現実の人物や物体と見做すような理論を構築するに至る。これはグレゴリー  (1989) も同様であって、両者の理論は見かけ上は異なるが、いずれも鏡像を現実の人物や物体で置き換えても成立する説明であって、明らかに鏡像の問題から逸脱した理論になっている。

 いずれにせよ、ガードナーは鏡像反転の問題を、物理的には、一切考察していない。専門的には数学者であるガードナーは、鏡像という現象の問題を幾何学的・数学的問題に還元してしまった。ただしそれだけでは現実の認知現象を説明できないため、習慣的な言語表現の問題を加味して対応したといえる。ガードナー以降の何人かの論者はこの問題をある程度意識して、物理現象との関係を示唆するような表現がみられる。例えば、Ittelson (1991) は、"a mirror optically reverses the axis perpendicular to it.(鏡が光学的に、鏡に垂直方向に軸を逆転させる)" となり, Corballis (2000) では ”the rotation and translocation caused by the mirror,(鏡が原因となって生じる回転)” という表現がみられ、Tabata and Okuda (2000) では"the inversion caused by the optical process of mirroring(光学的なプロセスに起因する反転)"  というように、光学的ないしは物理的な原因がほのめかされている。しかしいずれも光学的ないしは物理的な原因は言及されているだけであって、物理的なプロセスと、面対称性ないし対掌体の性質とのつながりは明らかではない。

 鏡面の反射法則は光ないしは光線を主語にして記述される。たとえば研究社理化学英和辞典によれば、反射の法則とは、「光が媒質の境界に入射するとき、入射光、反射光および入射点で境界に立てた法線は同一平面上にあり、かつ入射光と法線の成す角と反射光と法線のなす角は等しいという法則」である。これは、ここでは動的な要素、つまり時間的に変化する要素は光線である。光速はあまりにも速く、また光の粒子はあまりにも小さく、光を図で説明しようとすれば幾何学的な直線で表現せざるを得ない。このように、人は光の粒子も光線も直接見ることができない。ただ眼の網膜に形成される物理的な像(実像)によって視覚像(visual image)を知覚するのみである。この視覚像というものは物理的な存在ではなく認知的な存在である。したがって物理光学的に光の正反射の結果をたどれるのは、網膜に実像が形成されるまでと言えよう。

    Ittelson (1991) が「鏡が光学的に、鏡に垂直方向に軸を逆転させる」といい、 Corballis (2000) が「鏡が原因となって生じる回転」といい、Tabata and Okuda (2000) が「光学的なプロセスに起因する反転」と言っているのはいずれも鏡の光学作用が原因となっていることをほのめかしているが、やはりGardnerと同様に光学的虚像の図示に基づいている。つまりいずれの説明も原因が鏡の光学的性質であり、光線を主語として記述されるプロセスであることをほのめかしてはいるが、結果としては、鏡を主語とし、他動詞を使って実物の形状を変化させるという、物理的な変化としてはあり得ない虚構の幾何学的プロセスを述べているのである。この間に原因と結果の連続性を見出すことはできない。

 Haig (1993) は、光の正反射のプロセスから直接、鏡像反転を導こうとした。しかし、彼は光線と観察者の視線とを混同してしまった。というより、光線を視線と見做してしまった。彼が描いた正反射を含む光路図は、人の眼の直前で途切れている。光が網膜に達していないので、物理的プロセスは完結していない。その光路は観察者の眼の直前で、観察者の視線を示すものにすり替わっている。前述のとおり、つまるところ視線の先には虚像が想定されているのである。

 ここでこのプロセスについて、原因の概念についてのカントの説明を参照してみたい。もちろん、カント哲学における原因の概念を深く掘り下げて理解したり考察したりするわけではない。私の第二論文では、光が鏡面で正反射することから始まり、人の眼に代えてカメラのフィルムに相当する像面で実像が生じるまでのプロセスで物理的なプロセスを終わらせた。このプロセスにおいて主語は一貫して光ないしは光線であり、時間的には最後まで連続している。このプロセスは少なくとも因果関係の概念に関して、カントによる次の説明に適合している。それは「原因はその結果を原因についで継起するするものとして時間において規定する(篠田英雄訳)」。つまり時間における継起という点である。従来の、虚像に基づく説明ないし理論はいずれも、明らかにこの点を満たしていない。

 ガードナー説を始めとする従来の光学的虚像のみに基づく鏡像反転の説明における原因性は、どうやらヒューム哲学による因果関係についての考え方には適合できそうに思われる。私はヒュームの著作を読んだことはなく、最近まではヒューム哲学について学んだり考えたりしたことはなかったのだが、最近、因果関係についての考え方においてカント哲学とヒューム哲学との違いなどについて少々、事典類や参考書などにあたってみることがあった。そして、例えばジェームズ・A・ハリー著、矢嶋直規訳『ヒューム入門』によれば、
「自然法則の普遍性についての一般原理の源泉は存在しない。そのことは、われわれの因果信念がそうした原理に依拠することなく説明されなければならないことを意味する、とヒュームは結論する。むしろ、かかわっている精神の過程は、単なる連合の習慣であり、その際いくつかの規則的に経験された出来事の結合がわれわれに、例えば曇り空はすぐに雨になると信じるように促すのである。」
とあり、「観念の自動的連合のわれわれの認知生活への重要性についてのこの発見こそ、ヒュームが人間本性の科学への自身の主たる貢献と見なしたものであった。」という事である。

 こうしてみると、上述のようなヒューム哲学的な、因果関係を「単なる連合の習慣」と見るような意識が近現代科学において浸透している傾向があるように思われる。鏡像反転問題においては上述のように鏡を擬人的に表現することで光学的虚像をも擬人化あるいは物質化してしまい、それらと実物との鏡面対称性という幾何学的な分析で終始し、物理的プロセスの分析を追求しないという、ほとんどすべての従来説の深層には、このような、因果関係を「単なる連合の習慣」と見るような意識が潜在しているのではないだろうか。
 すでに述べている通り、私は原因の概念についてのヒューム説を深く理解するものではないのと同様、これに対するカント説についても深く総合的に理解しているわけではないが、その限りで、ヒューム哲学ではなくカント哲学の方に正確性への追求姿勢が感じられ、少なくとも科学性の追求においては尊重すべき考え方ではないかと思うものである。これはカテゴリーの理解と尊重においても同様である。


2026年8月2日日曜日

鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その6~8 ― 書評:加地大介著『なぜ鏡は左右だけ反転させるのか』をレビューする(その1~3)

(今回の記事は筆者の別ブログサイト『発見の発見』に公開済みの記事3回分の再録です。)

 鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その6― 書評:加地大介著『なぜ鏡は左右だけ反転させるのか』をレビューする(その1)

表記、加地大介氏の著書『なぜ鏡は左右だけ反転させるのか』(2024年、教育評論社)の存在にはたぶん、一昨年あたりから気が付いていたように記憶しています。私がそれに気が付いたのは、鏡像問題や鏡映反転などのキーワードでインターネット検索(Google検索)すると、かなり上位にこの本のタイトルが出現するようになったからでした。しかしこれまで私はその本についてそれ以上知ろうという好奇心はなく、去年は私の二つ目の公開された英語論文を日本語化し、解説文を追加した本『鏡像反転現象における純粋な物理過程と認知過程―鏡像問題の分析と解決―その2』の作成と、アマゾンKDPを利用した出版作業その他に没頭していました。そんなところ、去年の9月に出版したその本を先日、多幡先生(多幡達夫大阪府立大学名誉教授)に献本差し上げたところ、多幡先生からのメールで、加地大介氏の鏡像問題研究について次のような話を伺いました。


  • 『學士會会報』No. 975, p. 32に哲学者・加地大介氏による「哲学における鏡像反転論」という文があり、同氏はその中で自らの「円柱座標説」というべきものを述べていた。
  • 多幡氏は「心理学分野において 1998 年以降に幾つもの鏡像反転の謎に関する文献が発表され、それらの中に、この謎に対する「決定打と言える説」(Corballis 論文、Tabata-Okuda 論文、おおび McManus の著書が一致して唱えた)があることを紹介する文を同誌に投稿」した。
  • その投稿は本年3月に発行された『學士會会報』No. 977, p. 90(「会員ひろば」欄)に掲載され、同文(一部修正)は多幡氏のブログサイトに転載されている( https://ideaisaac2.blogspot.com/2026/03/on-reading-mirror-reversal-in-philosophy.html)。

 そこで私は上述の自著の出版に関わる作業も一段落したこともあって、改めて加地氏の表題の著作をレビューしてみる気持ちになっていたところ、最寄りの市立図書館に、それも二つの分館に一冊づつあることがわかり、とりあえず借り出して、気になる箇所を拾い読みしてみました。この著作の鏡像反転に関わる章を全体として、レビューするのはやはりそれなりの時間がかかりそうなのですが、とりあえず、少なくとも一つの決定的な点で、私がこれまでの二つの論文(いずれも少なくともプレプリントとしては2021年7月~2024年1月)が指摘したところの、従来説のすべてに共通する方法論的誤りを克服しておらず、言い換えると誤りに気づいておらず、結局のところ、結果的に鏡像反転の問題に対して問題の解説と考察あるいは解釈を述べるにとどまり、決定的な回答を見出すまでに至らなかったことにつながっているものと考えられます。以下、簡単に、その従来説のすべてに共通する方法論的誤りについて簡単に説明します。

  • 従来説のすべては「光学的虚像と実物」と呼ばれる一対についての比較分析のみに基づいて考察してきた。この対は幾何学的に鏡面対称あるいは面対称と呼ばれる状態に相当し、事実上、幾何学的な鏡面対称性とそれによって必然的に生じる対掌体の対についてのみの分析で物理的な状態を分析したものと錯覚していたことになる。視点を変えて言い換えると、眼の中に結像する光学的実像については眼中になかったことになる。
  • 上記をさらに掘り下げると、それは鏡像というもの、ひいては視覚像そのものの本質に対する理解につながる問題である。具体的には視覚像というものの二面性(主観的と客観的)を理解する必要がある。本来、視覚像は個人の主観に属すものであり、客観的に表現するには図示するほかはなく、鏡像の場合、幾何光学的に作図されたものが光学的な虚像であり、実物に対して面対称の図形として描かれることになるが、それが実際に存在する物体ではないことは自明であり、虚像というよりは虚物体とでもいうべきものある。
  • したがって、光学的虚像をいくら幾何学的に分析しても、物理的な状態あるいはプロセスを分析した事にはならない。
  • 物理的な状態あるいはプロセスを分析するには、観察者の眼内に結像する実像を分析する必要がある。

 下記に、上述の、私の二つの論文(それぞれバージョンによって多少の差異はありますが)を列挙しておきます。
  • J. Tanaka, “Concept of the Isotropic Space and Anisotropic Space as Principal Methodology to Investigate the Visual Recognition,” PhilSci Archive (01. Aug. 2021). http://philsci-archive.pitt.edu/19392/.
  • J. Tanaka, Resolution of the Mirror Problem, (Chisinau: LAP LAMBERT Academic Publishing, 2022).
  • J. Tanaka, ISOTROPIC AND ANISOTROPIC SPACES IN VISUAL RECOGNITION: - Analysis and Resolution of Mirror Problem - Kindle Edition (Independently published from Amazon, 2024).
 上記の3つは基本的に同一の内容で、著者は第一論文と称しています。

  • 田中潤一 (2024)『等方空間に適用される直交座標系を使用して分析した鏡映反転の詳細な物理的プロセス』。https://doi.org/10.51094/jxiv.508
  • Tanaka, Junichi (2025). Purely physical processes of mirror reversal and its application to vision research. Optica Open. Preprint. https://doi.org/10.1364/opticaopen.28478939.v1
  • Tanaka., J. (2025). Purely physical processes of mirror reversal and its application to vision research. Nov Joun of Appl Sci Res, 2(3), 01-11. https://doi.org/10.1364/opticaopen.25981537.v7 
 上記の3つは基本的に同一の内容で、著者は第二論文と称しています。また両者の日本語版として著者は下記2点の書籍をアマゾンKDPでオンデマンド出版をしています。

 以上は、表記加地大介氏の著作が最新の研究において批判あるいは否定された方法論にとどまっている点を指摘したまでで、具体的に当著作全体としてのレビューにはなっていないかも知れません。それについてはまた稿を改めて「その2」として公表したいと考えています。また、加地氏が第一章のエピローグで解説しておられるカント哲学との関連に関する解説については、本ブログの本シリーズ記事として連載中の記事の考察において参考にさせて頂きたいと考えています。
 なお当著作の第二章『なぜ私たちは過去へ行けないのか』については、この内容が本のタイトルに含まれておらず、また現在のところ私の関心事ではないこともあり、今回のレビューの対象外としました。

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鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その7― 書評:加地大介著『なぜ鏡は左右だけ反転させるのか』をレビューする(その2)― 乗り越えるべきガードナー説の問題点2つ

 前回の記事では、加地氏の理論も私の二つの論文で明らかにされた処の、従来説に共通する方法論的欠陥を免れていないこと、つまり光学的実像を分析することなく、光学的虚像と同等である鏡面対称性の図示を出発点として分析を行うことの問題点を指摘しました。なぜそれが問題なのかと言えば、それは、物理的プロセスと同等ではないものを分析して、物理的プロセスを分析したものと錯覚し、それ以上の物理的プロセスの分析を放棄したも同然であることです。では、光学的虚像の成立が物理的プロセスではないとすればそれはどういうプロセスなのかと考えると、それは認知プロセスまたは認識プロセスと考えるほかはありません。端的に言ってしまえば、それは鏡像認知(鏡像認識)と呼ばれているプロセスです。
 鏡像反転の真の原因は鏡による光の正反射という物理現象である以上、鏡像認知の結果である鏡面対称性の図示をいくら分析しても真の、というか初期原因といえるメカニズムについては未知のままで残されているということです。それで、加地氏によるそれ以上の分析は結局のところ認知過程の分析という事になるでしょう。そう考えた場合、加地氏の分析は私にとっての諸々の従来説(私の説にとって加地氏の説は従来説とは言えないので)と同様、物理過程と認知過程が明確に画定されていないため、解決不可能な曖昧さが残されていると言わざるを得ません。ただし、心理的なメカニズムとしては他の多くの所説に比べてかなり包括的で、優れた説明になっている印象はあります。以下、以上のことを踏まえたうえで、加地氏の所説を検討したいと思います。

 加地氏の説明はガードナーの説明を土台にして展開しています。したがって、まずガードナーの説明を検討する必要があるのですが、ガードナーは、最初から前後左右が定まっている(言い換えると上下前後左右が固定されている)人体その他の物体の鏡像を検討し、それらを鏡に映すと左右が逆転するように見える現象を説明し、それについて「数学的に厳密ないい方をすれば、鏡は左右を逆転してはいない。そればかりか、本当は前後を逆転しているのである!」と述べ、あとからもっと一般的な表現として、鏡は「鏡面に直角な軸にそって、いろいろな図形の各々の点の位置を逆転するのである。この逆転によって、非対称の鏡像は現実の左右像になる(坪井忠二 小島弘 共訳)」と述べています。
 ここでガードナーは、一般化して言う場合、(つまり人間その他の上下前後左右が決まっている物体に限らずに一般化して言う場合)、「鏡面に直角な軸」という表現をつかっていて「前後」とは言っていないことに注意する必要はあるでしょう。このことは後から問題になります。また、「左右像」という言葉はガードナーの原文では「enantiomorph(エナンシオモーフ)」という表現になっていて、「左右像」という訳は誤訳ではないものの、他にいろいろな訳し方があり「対掌体」という訳が最も適切であると、私は考えています。これについても後で問題になるかも知れません。
 以上のガードナーの説明において、鏡が鏡面の前後あるいは鏡面に垂直な軸に沿って各々の点の位置を逆転するのは「数学的に厳密ないい方」であると述べています。言い換えると「物理的に厳密」とは言っていません。つまりガードナーはここで数学的に(この場合は幾何学的といってもよいと思いますが)考察しているのであって、物理的に考察しているのではないことがわかります。では、数学的に考察しているということは具体的にはどういう事でしょうか?それは鏡面対称あるいは面対称の状態それ自体が物理的な現実であるものと見做しているものと考えられます。言い換えると、人が鏡像認知をした場合の認知内容を物理的現実と見做していることになります。結局のところガードナーも鏡像認知のプロセスを無視していることが明らかです。あるいは鏡像認知のプロセスが潜在していることに気が付いていないというわけです。

 もう一つのガードナー説の重要な問題点は、上下前後左右の概念もしくは定義にあります。端的に言ってガードナーは左右を幾何学的に、したがって相対的に考えているようです。しかし実際は、左右は上下前後と同様に人間の身体に固定されていると考えるべきもので、これについてはガードナーも尊敬するマッハが最初に気づき、彼の主著として有名な『感覚の分析』の中でも述べられていることで、等方性の幾何学空間に対する異方性の知覚空間の違いという認識論的な問題であるといえます。ガードナーが『自然界における左と右』においてもマッハを非常に高く評価しているにも関わらず、マッハのこの側面に無関心であった事には、何か、考えさせられるものがあります。

 加地氏は、少なくとも以上の点においてガードナーを踏襲し、彼を乗り越えていないことがわかります。ではそれ以外の点でガードナーを乗り越えた部分はあるでしょうか、たぶん、前進した部分と同様に後退した部分もあるような印象ですが、それをまた次回に検討したいと思います。

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鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その8― 書評:加地大介著『なぜ鏡は左右だけ反転させるのか』をレビューする(その3)― ガードナー説からの後退と前進

 前回に続き、まず、ガードナー説との比較を続けます。

  • ガードナー説から後退している点
 問題なのは、加地氏が、ガードナーが、鏡像と実物が互いに対掌体[enantiomorph]になっていることを指摘している点を見逃していることです。日本語訳(坪井忠二 小島弘訳)でその個所は次のようになっています。
「(鏡は)その鏡面に直角な軸にそって、いろいろな図形の各々の点の位置を逆転するのである。この逆転によって、非対称形の鏡像は実物の左右像になる。」
 前回に少し触れましたが、「左右像」という言葉は、ガードナーの原文では「enantiomorph」となっています。この言葉の訳語としては分野によって実に色々な表現が用いられていますが、「対掌体」という訳語があり、この言葉には左右の概念が含まれていません。互いに対掌体の関係にあるという関係は右手と左手の形状の相対的な関係という意味で、端的に言えば右手と左手との関係は右と左との関係とは全く別物だという事を認識する必要があります。この件についてはまたこのシリーズではカント哲学との関係で言及する予定です。本稿で問題にしていることは、ガードナーはここで「非対称形の鏡像は実物のenantiomorph(対掌体)になる」と言っていることが何を意味するかというと、鏡像と実物とは三次元の三軸方向(上下前後左右の各軸)のうちどれか一つだけの軸方向で逆転した形状になっているという意味で、つまり相対的な関係であって、人体のように上下前後左右を持つものに適用すれば上下、前後、左右の何れか一つの軸方向で逆転した形状になっていることを意味しています。
 上記のコンセプトに関して、加地氏の対応にはいくらかの問題があるように思います。ひとつは対掌体対の性質について理解していないとは言いませんが、用語自体と共に概念と意義を深くは理解されていない様に思います。それはこの言葉を(したがってこの概念を)全く使用していないからです。それは、対掌体の性質を規定する際の三方向は幾何学的なのでx、y、zのような単なる記号で表すことはできても、そのまま人間の上下左右前後に適用できないという点です。言い換えると、鏡面に関してx、y、zの三軸を定義した場合にそれを人間の上下前後左右に当てはめるには何らかの条件が必要であるという事です。ガードナーはこの点を何となく理解していたように思われます。加地氏はガードナーを批判する際、鏡面の三軸を直接に人間の上下前後左右に対応させて批判しているようなところがあります。これにはガードナーの説明方法にも問題があって、ガードナー自身、鏡面に対して直角の軸という幾何学的表現に徹していればよいものを、同時に、鏡面に対して前後方向という表現も使っています。そ場合の説明に矛盾が出てくるわけです。例えば人間が鏡に対して横を向いている場合、鏡の前後と人間の前後は一致しません。これは、ガードナーの説明では具体的な実例については詳しく検討していないことからも来ているのでしょう。この点でガードナーにも加地氏にも首尾一貫していない点、どっちもどっちという印象はありますが、ガードナーはenantiomorph(対掌体)の概念を使用している点で、勝っているように思われます。見方を変えると、ガードナーは対掌体という抽象的で包括的な概念を使用していることで、具体的なさまざまな例を個別に説明することを避けることができたとも言えます。しかし対掌体の概念を使用することで、それ以後の多様な場面での具体的な考察を怠っているとも言えます。対掌体の概念を理解すれば問題はないのですが、対掌体の概念を理解していない人は混乱するわけです。
 加地氏はブロックという哲学者の誤謬を指摘し、それは左右概念の混乱によるものであるとし、それでも左右概念を検討したうえでの誤謬であると云ってガードナーが左右概念の分析を行っていないことを批判していますが、ブロックの誤謬は左右概念の分析以前に、対掌体の概念を理解していないことに起因しています。この点についてはまたの機会に検討したいと思いますが、端的に言って加地氏はブロックと共に、ガードナーが指摘している対掌体の概念を十分に把握していない事が、より高次のカテゴリーレベルにおける誤りであるように思われます。少なくともガードナーは対掌体の概念を踏まえたうえで上下前後左右について考察している点で、加地氏とブロックは共にガードナー説から後退している、と私は考えます。
 なお、このあたりで加地氏は次のような一つの結論を述べています。「なるほどー。鏡像反転の謎の原因は、鏡にではなく、結局のところ私たちが勝手に二つの異質な方向付けを組み合わせてしまっていることにあったんだ。」これは一種の早とちりとでも言いますか、間違いです。鏡を含めた光学現象なしに鏡像反転現象はあり得ません

  • ガードナー説よりも前進しているとも後退しているとも言えない座標系の使用
 加地氏は、ガードナーは直交座標系(デカルト座標系)を使用していることから、鏡面に垂直方向の逆転を主張しているものと考えています。そして回転座標系を使用することで左右逆転を説明できるものとし、回転座標系の使用が直交座標系の使用よりも優れていると主張しています。それは、回転座標系を使用することで回転の概念(回転操作)を導入できることにあるようです。しかし、実は、加地氏自身が後で述べているように、ガードナーも回転操作を使用していないわけではありません。それは、ガードナーが次のように記述しているところです。「これらの要因によって、私たちは鏡を見たとき、自分がその中に入った状態を想像して実物と鏡像とを比較し、その相違を区別するために、右と左が入れ替わったと言う。その言い方が最も便利だからである。」ここで、人が想像上で鏡の中に入って自分という実物と鏡像を比較する際、鏡の中の自分と現実の自分を比較するために人は上下軸を中心にして回転せざるを得ません。ですから、ガードナーもここでは言葉には出さずとも回転操作を想定しています。そもそも、ガードナーは具体的な説明の過程で、直交座標系であるか回転座標系であるかを問わず、座標系自体を使っていません。ですから、ガードナーの「鏡に垂直な軸で逆転している」という説明を、直交座標系による説明と同一視するのは間違っています。これは、鏡面対称性の図解を見ると直観的に理解できることです。強いて何らかの操作を行っているとすれば、イメージの平行移動でしょう。それは強いて言えばイメージ空間の平行移動であって、座標系の移動と考えるのは後付けの解釈と言えます。回転の場合も、イメージ空間の回転であって、座標系を使用していると考えるのは一つの説明の仕方であって、普通の人は物を見る場合に座標系というような複雑な定義の概念を使用することはありません。ちなみに、岩波理化学事典には『鏡映(mirror operation)』という項目があり、数学的な定義がありますが、座標系の概念を使用しているわけではありません。

  • ガードナー説から前進している点
 加地氏は回転座標系を使用することで、回転操作の重要性に気づいたということができます。この回転操作をかなり包括的に記述することに成功したということはできると思います。ガードナーは、鏡像と実物とは互いに対掌体(enantiomorph)であるので、三つの直交軸の何れか一軸が逆転して観察されることを踏まえたうえで、その一軸が左右軸として認識される場合が多いという事を述べているのですが、説明の仕方がやや大雑把で、いろいろなケースを個別に詳しく検討していないという嫌いがあります。加地氏の本の「回転軸の謎」という見出しの下で回転操作をかなり包括的に述べている点で、ガードナーから前進しているといえるように思います。

まとめ
 加地氏の説明は、ガードナー説以前のだいたいすべての説と、それ以後の一部の所説と同様に、対掌体対の成立段階とそれ以後の認知プロセスを区別することなく、全体を一体として説明することになったために無理があり、混乱を含まざるを得なくなったという面があります。このレビュー記事の一回目で大阪府立大学名誉教授の多幡先生の記事を紹介しましたが、そこで言及されていた次の三説ではこの点が解決されていると言えます:Corballis 論文、Tabata-Okuda 論文、および McManus の著書。詳しくはこのレビューの初回記事(―その1)をご参照ください。また手前みそになりますが、この加地大介氏の著書を一読されると、同様に初回記事で紹介している私の各論文、特に最後の日本語の著作二冊は理解しやすくなると思います。最後に宣伝になって恐縮ですが次の二冊には現時点での私の論点がすべて含まれていますので、ご一読いただきますと幸いです。


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(今回の記事は筆者の別ブログサイト『発見の発見』に公開済みの3回分記事の再録です。)




2026年8月1日土曜日

お知らせ:連載シリーズ記事『鏡像問題と哲学あるいは認識論』の掲載サイトを本サイトに戻して掲載を続けます。

 先般5月1日の記事で、表記の通りシリーズ記事『鏡像問題と哲学あるいは認識論』を別ブログサイト「FC2ブログ」の筆者ブログ『発見の発見』に移転することをお知らし、実際にそれを実行して何回かの記事をそちらのサイトに掲載しましたが、その後、移転先の『発見の発見』へのアクセス数は大して増えることがなく、一方で本ブログサイトへにアクセスが激減したことに気づきました。その理由を推察するに、恐らく、本ブログサイトのBroggerでは自動翻訳機能があったため、海外からのアクセスが多く得られていたことにあるとの結論に達しました。ブログ『発見の発見』が所属しているブログサイト「FC2ブログ」には自動翻訳機能が備わっていなかったという次第です。そこで当方の構想を変更し、当該シリーズ記事は当ブログサイトに戻すこととしました。順次、その後の連載記事をこちらのブログに再録し、新記事もこちらで継続してゆきますので、継続してご覧いただけると幸いです。

2026年7月3日金曜日

本ブログ関連英訳本出版のお知らせ。Title:Mori Ōgai: Konpira + Mrs. Yasui + The Dream Translated by Junichi Tanaka & A Consideration by Translater

 前々回記事でお知らせしました個人出版本『森鴎外作 金毘羅・安井夫人・夢 + 考察 森鴎外『金毘羅』と『安井夫人』を併せ読む』の英訳本を出版しました。

販売サイト:https://www.amazon.com/dp/B0H6RZ96RZ

日本語版の販売サイト:https://www.amazon.co.jp/dp/B0GCZB34G1


ちなみに、『金毘羅』が影響を受けたのではないかと私が推察するところの、平田篤胤の『勝五郎再生記聞』の英訳本を、昨年に出版済みですので、これについても合わせてお知らせします。

Title:Account of Katsugoro’s Rebirth: Reincarnation and Japanese Polytheism - Shinto - discussed by Hirata, Atsutane


販売サイト:https://www.amazon.com/dp/B0DZV5BBNH

これには、一昨年に出版した日本語版があります。


備考:
 森鴎外作の『金毘羅』が平田篤胤の『勝五郎再生記聞』の影響を受けた可能性という推測は、最初日本語版を作成していた時点では単に作品の内容からの想像でしかありませんでしたが、その後、英訳本を仕上げて行くまでの過程で、小堀圭一郎著『森鴎外』を読み始め、読み進んでゆく過程で、その可能性はより強く感じられるようになりました。というのは、当該書中に、若い時期の鴎外に、津和野藩士で平田篤胤の影響を受けた国学者との接点があったことを示す記述があったことによります。。




2026年5月1日金曜日

連載シリーズ記事『鏡像問題と哲学あるいは認識論』の掲載サイト変更と更新のお知らせ

 本ブログサイトにて更新を続けてまいりました表記シリーズ記事『鏡像問題と哲学あるいは認識論』の掲載サイトを『ブログ・発見の発見』のほうに変更しました。これまで本サイトで更新を続けてきました5回分の記事はそのまま本サイトに残っています。またこれら5回分は一括して1回分として『ブログ・発見の発見』にも転載しています。

4月29日にこのシリーズ記事6回目として「その6― 書評:加地大介著『なぜ鏡は左右だけ反転させるのか』をレビューする(その1)」を公開しましたのでお知らせします。これまでに引き続きご覧いただけると幸いです。

2026年4月13日月曜日

森鴎外の二つの作品に因んだ考察 ― 政治思想と宗教と科学、宗教と神秘主義と科学―その8

 このシリーズ記事として前回(その7)から二年経過し、なんと三年目となってしまいました。今回は宣伝を兼ねることになりますが、この度アマゾンのキンドル本(ペーパーバックと電子書籍)として個人出版した本の内容紹介と重なります。本のタイトル:森鴎外作 金毘羅・安井夫人・夢 + 考察 森鴎外『金毘羅』と『安井夫人』を併せ読む



 この二作品のいずれも学者の人生ないしは生活を軸に展開しています。『安井夫人』の主人公、佐代は学者ではありませんが、物語は夫である仲平、すなわち安井息軒を中心とした、幕末から明治の始まりにかけての、四代にわたる学者一族ともいえる安井家の歴史的記録になっていて、鴎外の短編小説として、よく知られた作品であると思います。『金毘羅』の方はフィクションですが、鴎外よりも一回りくらい若い想定の小野博士という哲学の教授が主人公です。時代設定は鴎外の同時代と言ってよいと思いますが、発表された時期はこちらの方が早く、他方『安井夫人』の方は後期の作品と言ってよいと思います。
 私が最初に『金毘羅』を読んだのは1979年版の岩波書店刊『鴎外選集』ですが、この小説はもともと鴎外作品として有名ではなかったようで、この時まで作品名を聞いたことはなかったのです。今でもそうで、ネット検索で現在出版されている鴎外の作品集を拾い出してみても、この作品を収録している本は殆ど見つかりません。しかし小堀圭一郎氏はこの作品について「思想小説の領域に一歩踏み込んだ質の重さがある」と評していますが、その通りだと思います。鴎外を「思想家」としてみるなら、こういう作品こそ研究してしかるべきと思うのですが、今回、少々参考にした中野重治著『鴎外 その側面』、山崎正和によるブリタニカ大百科事典の大項目『森鴎外』、柄谷行人著『歴史と自然—鴎外の歴史小説』(『意味という病』所収)、それにウィキペディアの鴎外の項目の何れでも取り上げられていないのです。『安井夫人』については、そういうことは全くないのですが。
 以上のような次第で、今回の本では『金毘羅』をそのまま収録し、併せて『安井夫人』と短い医学エッセーともいうべき『夢』を収録しました。『安井夫人』は青空文庫に収録されていますが、原作にある「事実」と題された付録が省略されています。他の多くの作品集でもそうではないでしょうか。この作品を歴史小説と見るなら、この短い部分を省略する必要はないと思うのですが。

 『金毘羅』と『安井夫人』は、諸々の人物間と同様に、時代背景においても比較考察に値すると思います。学者の家系としての安井家の時代は徳川幕府末期からその滅亡を経過し、明治時代の幕開けに至るまでの時期であるのに対して、『金毘羅』の小野博士の時代は明治政府が安定して西洋式の学問体系がほぼ確立した時期に当たります。この二つの異なった時代背景において、学者とされる立場の人々の人生は大いに変化を被ったように思われ、それが両者の人生と困難、そして悩みに、大いに関わっていることが二つの小説から読み取れるわけですが、一方、これら二つの時代において変わらない社会の環境と云うものが厳然としてあり、その重要なひとつが宗教的エートスとでもいうべきものだと考えられるのです。それを具体的に表現すれば、日本の伝統的な多神教的環境と言ってよいと思います。それが『金毘羅』の小野博士を当惑させ、動揺させたところのものといえるでしょう。他方、安井家の人々にとってはその多神教的環境、宗教的エートスはごく自然なもので、それに対する葛藤というようなものはなかったか、少なくとも表現されていません。鴎外の短い短編において、安井家の人々全員の墓所がいずれも仏教寺院の中にあることが明記され、形式的にはごく普通の仏教徒であったことがわかります。『金毘羅』の小野博士も、形式宗教的には伝統的な多神教的環境に逆らったりはしていません。キリスト教への改宗を考えたり、神社への参拝を何が何でも拒絶するような人ではないことが示されています。鴎外自身もそうであったでしょう。小野博士の当惑と動揺は宗教的というよりも哲学的なものです。具体的には、百日咳に罹った二人の子供のうち、一人が命を落とし、他の一人が助かったことが、金毘羅神の祟りとご利益であると解釈するかどうかという事の迷いにあります。金毘羅神の祟りや病気平癒という御利益を認めることは、西洋哲学の教授であるという自分の立場を危うくするように思えたということのようです。また、この小野博士は西洋哲学の教授ではあっても、自分自身の哲学上の立脚地と云うものがなく、一方で実生活の空虚さに悩んでいたことが、小説の中で表現されています。こういう精神的態度の面で小野博士と対照的であったのは安井夫人、佐代である、という事になりそうです。彼女自身は学者でもなく、学問をするでもなく、漢学者であった夫と子息たち、門人たちの世話をすることに自ら身を投じ、それで心が満たされていたというのが、鴎外の見立てということになるでしょうか。鴎外は、彼女の望みは現実の向こう、遠いところにあったのだと、述べています。

 ここでまた小野博士に戻ると、彼はまたドイツロマン派文学の哲学、とりわけ「青い花」の文学に興味をもつ一方で、ヴントの科学的心理学にも興味をもっていたことも示されています。またエミール・ゾラの小説『ルルド』を読んでいたことも示唆されています。ヴントの心理学では「霊」というものの扱いに困惑していたことが、語り手によって述べられていますが、ゾラの『ルルド』については、奇跡治療という小説のテーマについては触れず、描写の内容についてだけ言及されています。しかし、博士が「奇跡」と云うものについて考えたことがある、とも書かれています。
 
 つまるところ、安井家の人々の時代環境と小野博士の時代との違いは、近代科学の積極的取入れ以前(直前)とそれ以後(直後)との違いにあるということができます。この変化が西洋で起きたのは当然、それよりもかなり早い時期で、宗教的な時代背景も日本とは異なっていたわけですが、この変化の後に文学と芸術においてロマン主義運動や自然主義運動が興ったのはその、いわば科学革命への対応と見ることができます。それらの中で、さらにドイツロマン派の中でも、『青い花』の作者であるノバーリスは若くして亡くなった人物ですが、多神教を許容する新しい宗教を構想したり、「詩と哲学と科学とを世界の寓意的解釈のうちに統一しようという試み」の作品を残したり、という業績があり、ゲーテにも大いに期待されていたと云われています。このノヴァーリスを日本で最初に紹介したのも鴎外であったようです。

 上記の新著と本稿—あまりまとまりのない記述になってしまいましたが—の作成に当たって参考になった幾つかの本を下記に掲載しておきます。

小堀圭一郎 『森鴎外』ミネルヴァ書房 2013年(2026/4/18追記)
ザフランスキー著 津山拓也訳『ロマン主義』法政大学出版局 2010年
今泉文子著『ノヴァーリス 詩と思索』勁草書房 2021年
カント著 金森誠也訳 『カント「視霊者の夢」』(講談社学術文庫)講談社 2023年
湯浅邦弘著『孔子はいかにして「神」になったのか』NHK出版 2026年

2025年12月26日金曜日

鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その5― カント哲学との関わりでその1、 認識論的カテゴリーの重要性

 機会があるたびに書いていることですが、私は哲学の専攻者ではなく、当然カント哲学の専門家でもなく、精通しているわけでもありません。という事で、このタイトルが意味するところは、カント哲学に精通している立場から鏡像の問題を考えるということではなく、逆に鏡像の問題を探求している過程において私に可能な限りで、カント哲学の幾つかの局面にぱったりと遭遇したという表現が適切です。その幾つかの局面というのは、言い換えると幾つかのキーワードとも言える幾つかの用語の概念に遭遇したという表現が適切かもしれません。まず今回は表題のとおり認識論的カテゴリーの重要性についてです。

鏡像問題を扱った諸々の従来説にみられる認識論的カテゴリーの扱いの混乱については、鏡像問題に関わる私の二つの論文、特に先般のPurely Physical Processes of Mirror Reversal and its Application to Vision Research で、また日本語出版物『鏡映反転現象における純粋な物理過程と認知過程: 鏡像問題の分析と解決―その2』で詳細に論じています。このようなカテゴリーの混乱は私自身の論述中にもあるかもしれません。しかし、少なくとも私が多くの従来説中に見出したこのようなカテゴリーの混乱は現象分析の根幹に関わって正しい解決への道を阻害する決定的な要因になっていたのではないかと考えられるものです。

科学のどのような分野であっても、分析の要素や手段において誤ったカテゴリーの適用あるいは使用が起こる可能性があるとは言えますが、鏡像問題においてはそれが問題の根幹にかかわるものであったという事です。というのは、鏡像の問題が物理過程と認知過程の両方に、本質的に関わり、いずれを欠いても有意な解決には至りえない性質の現象の問題であったからこそ、現在に至るまで未解決であり、上記のようなカテゴリーの混乱の原因であったように考えられるのです。さらにその物理過程は具体的には光学的なプロセスという事ができますが、光学と云ってもこの場合は幾何光学ですが、幾何光学は純粋に物理的なプロセスだけでは成り立たないという側面があります。要するに像、イメージという非物理的な要素を含まざるを得ないという点です。加えて人間の身体とその臓器の一つである眼の機能が土台にあります。という次第で、まったく異なるカテゴリーの要素群で構成されているメカニズムを分析する必要が生じるわけです。という次第で、何らかの分析要素が認識論的にどの上位カテゴリーに属すものか、最終的には物理的な範疇に属すものか、認知的な範疇に属すものかの判断が何らかの結論に至るうえでの決定要因にもなるわけです。

今回の私の研究では、物理的、幾何学的、および知覚心理的といえる三つのカテゴリーに判然と区別することで、鏡像反転における純粋に物理的なプロセスを解明し、他のプロセスから分離できたものと考えています。この論文最後の考察では、この問題を分析していますが、いずれにせよ、このようにカテゴリーを明確にすることによって、鏡像反転現象の純粋に物理的なプロセスを科学史上で初めて画定できたわけです。この問題にとって認識論的カテゴリーの識別がいかに重要であったかを示すものと考えています。

ところで、2022年に私が自分で第一論文と称している“Concept of the Isotropic Space and Anisotropic Space as Principal Methodology to Investigate the Visual Recognition,”を発表した時点でも、それまでに通読したカントの著作は『プロレゴーメナ』一冊だけでしたが、2021年ころから2年間程をかけてカントの『判断力批判』を通読し、その後ようやく『純粋理性批判』を読み始め、2025年の現在に至ってだいたい読了に近づいたという状況です。そのような次第で、カントのカテゴリー論に限っても全体の構想の中でそれを理解したとはとても言えませんが、それでも科学研究において分析要素あるいは概念のカテゴリーを整理し、認識することが如何に重要であるかを銘記させられたという事があります。この現在、科学研究において、あるいは研究者にとって、さらに深くカント哲学あるいはそのカテゴリー論に深入りする必要があるかどうかはともかく、少なくとも改めて認識論的カテゴリーの重要性を再認識すべき時期に来ているのではないかと思うものです。

2025年12月17日水曜日

鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その4― アリストテレスはなぜ鏡映反転現象について語らなかったのか。

 プラトンが『ティマイオス』の中で、鏡像反転現象について、ある説明を行っていることから、それではアリストテレスはこの問題について何も語らなかったのだろうか、という関心を持つのは自然な事だろうし、気になることである。そこで、幸い市立の図書館にアリストテレス全集があったので、関係のありそうなタイトルの巻から目次内容や索引をたよりにこの件を探ってみた。それ以外にも、アリストテレスの思想についても、一般教養程度の断片的な認識しかなかった私はこの際アリストテレスの思想を多少は体系的に学習してからとも思って、一冊のアリストテレス入門書の一部を読んでみたりしたりしてみたが、全集の自然学系の著作から検索してみると、この際、アリストテレスとプラトンの思想的な違いなどを踏まえて深堀りするまでもなく、もっと直截で分かりやすい理由が見つかったので、とりあえずそれについて取り上げてみたい。

それは『自然学小論集』の巻第二章で、プラトンが『ティマイオス』で述べている眼の仕組みについて批判している箇所があったことにある。それによると、プラトンが述べている眼の仕組みは、エムペドクレスの「視官が火である」という説を用いていることがわかる。それは、眼から光がでるときに視覚が発生するという説であって、プラトンの『ティマイオス』では眼から視線として出た光が対象から出る光と衝突したところで視覚が発生するというような意味にとれる。アリストテレスは、闇の中ではこの眼から出た光が消失するという点を不合理であるとし、この、眼から光が出るというエムペドクレスの説を否定しているわけである。

つまり、アリストテレスは『ティマイオス』で説かれる眼のしくみそのものを否定しているわけで、当然、プラトンによる鏡像反転現象の説明も否定されることになる。ではアリストテレスは鏡像反転現象について考えなかったのかどうかといえば、この現象自体はプラトンが『ティマイオス』で述べているとおり、すでに知られ、語られている現象であり、それをアリストテレス自身が解明したわけでもないので繰り返し述べる必要もなかったのだと思われる。

彼は別のところで「光学の専門家たち云々」という記述をしている。つまりアリストテレスは自分自身を光学の専門家とは考えていなかったことになる。そして光学の研究は光学の専門家に任せるつもりであったように思われる。では、光学現象としてではなく心理現象として鏡像反転現象について考えることはなかったのか、と問う事もできよう。それがなかったという事は、アリストテレスもやはり鏡像反転現象を眼の仕組みと関わる光学的な現象であると考えていたからであると思われる。それで、それも光学の専門家の今後の研究にゆだねる気持ちであったという事はできないであろうか。

このように考えてくると、鏡像反転現象が光学とは関係しない純粋な心理現象であるという発想は、近代科学の成立以降に発生した一つの迷妄ともいえるのではないかとも思えるのである。もちろん、心理学的、および認識論的な側面の重要性が浮かび上がってきたことは有意義ではあると思う。

2025年10月30日木曜日

鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その3― プラトンはなぜ鏡映反転現象について語ったのか。

前回は、プラトン以降、光学が確立して以来の光学に寄与した偉大な科学者たちがなぜ鏡映反転現象について語ることがなかったのかについて考察を始めてみました。この考察はさらに続けて行きたいと思いますが、その前にいったん振り返って、ではプラトンはなぜ、他の古代から現代に至るまでの光学に寄与した偉大な哲学者や科学者が語ることがなかった鏡映反転現象について語ったのかについて考えてみたいと思います。

すでに述べた通り、プラトンは眼のメカニズムとの関係で鏡映反転を説明しています。それが現代科学の場において主に心理学者達による考察にみられなかった発想であり、その点では結果的に当を得た着眼点であったことがわかったわけです。

しかし、眼の構造と機能、即ち機構、メカニズムについては、光学が成立した当初からの関心事であり、光学の開祖といわれるアルハゼン以来、デカルトやニュートンも研究し、光学に関係する範囲で基本的に解明されてきたわけです。しかしプラトンの場合は彼ら近代科学的光学における科学者達とは眼の構造に着目した経緯が全く違うといえるように思えるのです。

デカルトやニュートンの場合は、すでに見出されていた幾何光学的原理、すなわち光の直進性、鏡面反射と屈折の諸々の特性を眼の構造に適用することで視覚像が成立することを説明できたという事でしょう。これはある意味で、反射や屈折など諸々の幾何光学的原理の検証という面があります。

一方、プラトンの場合は、まだ幾何光学が成立していない時点での考察です。彼は諸々の視覚現象、当時において考えられる限り、そして世間で、あるいは学者達のあいだで、さらに本人自身にとって問題とされていた限りの視覚現象を説明するための仕組みとして眼の構造と機能を考えたのだと思います。そのような視覚現象の中に鏡映反転現象も含まれていたわけで、それを考えるとこの現象の問題性は、当時の文化的環境においてもプラトン自信にとっても、結構大きな謎、あるいは課題であったのではないかとも思えます。

さらに重要な意味を持つと思えるのは、プラトンが眼の構造とメカニズムを、神による天地創造のプロセス全体の中で、人体を創造するプロセスの一環として説明していることです。その一環というのは人間の頭を創造するプロセスの中で眼を頭の前方に取り付けたということです。ここでプラトンは前という方向に関して次のように述べています。「神々は後ろより前のほうが尊重されるべきで支配するにふさわしいと考えた 」、「人間は前方が後方とは区別され、異なっていなければなりませんでした。」、「神々はまず、頭という容器には、そちらの方に顔を取り付け、魂がすべての先々の配慮ができるようにと、そこに諸々の器官を据えつけて、指導の任に当たるのはこの本性上の前であると指定しました」(土屋睦廣訳)。ここでは前後だけしか問題になっていませんが、プラトンが上下・前後・左右という方向概念に強い関心を持っていたことが伺えます。

私が鏡像問題の第一論文と第二論文で引用したように、カッシーラーは『シンボル形式の哲学 第二巻 神話的思考』において「神話的空間が知覚空間とは近い親縁関係にあり、他方幾何学の思考空間とは鋭く対立するであろうということに、まったく疑問の余地はない。(木田元訳)」と述べています。プラトンが人間の頭と眼の位置について神々による人体の創造との関連で述べていることはまさに神話的空間と知覚空間、さらに幾何学空間が重なるあるいは接するところではないかということもできるでしょう。

以上のような状況を考えると、プラトンが鏡映反転現象について考察した事は偶然ではなく極めて自然なことであったのではないかと思われます。

ちなみに、いま改めて『シンボル形式の哲学』最後の人名索引を眺めてみると、プラトンの出現回数はカントと同じくらいで最も多い人名の一つであり、もっとも多く出てくるのは予想通り『第二巻神話的思考』の中ですが、それでも各巻全般にわたって頻出しています。私は15年ほど前に、基本的な素養もないままこの本を一応通読し、件の等方性空間と異方性空間に関する個所で大変な感銘を受けた記憶があるのですが、それ以外には断片的な印象以外、全体をとおしての理解は覚束ないままで、プラトンがこれほど頻出していたことにも、またプラトンがどのように引用され、理解され、評価されていたのかについても、」印象は残っていなかったのです。今後引き続き、また改めて、ティマイオス全体との関係を含めてこのあたりの事情を考察してゆきたいものです。


2025年10月25日土曜日

鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― その2―プラトン以後の自然科学者はなぜ鏡映反転現象について語ることがなかったのか

プラトンがティマイオスにおいて鏡映反転現象について語ってから以降、現在に至るまで光学を研究し、寄与した偉大な科学者達が現在に至るまでこの現象について語ることも考察することもなかったということは、非常に興味深く思われます。

私はかつて、もう20年以上前ですが、ニュートンの『光学(岩波文庫、島尾永康訳と解説)』を購入して、現在に至るまで事実上は積読状態であったのを思い出し、目次を含めて最初の方から少しページをめくってみました。

この本を購入したのは私が当時、恐らくゲーテの色彩論(岩波文庫版)を読んだころで、ゲーテがニュートンを批判する典拠となった著作であるという事がきっかけであったと思います。実際、解説者もこの本を「色の科学である」と規定しているように光の屈折と色彩に関する部分が多くを占めていますが、最初の方に鏡面反射によって鏡像が生じる原理と、眼の水晶体による屈折によって眼内に画像が生じる原理が図入りで説明されています。

また同じ解説者によって、「ニュートンが色の研究へと刺激されたのは、ケンブリッジ大学の上級生のころから卒業直後にかけて相次いで刊行されたデカルトの『屈折光学』ラテン語版、ボイル『色についての実験と考察』、フック『顕微鏡観察誌』などによってである。」と書かれています。デカルトの『屈折光学』をネット検索してみるとすぐに、眼の構造と仕組みについてイラスト付きで引用が見つかりました。『屈折光学』なのでたぶん鏡像については触れていないのかもわかりませんが、鏡像が成立する原理についてはデカルトも分かっていたのではないかと思います。

もう一つ、私のもっと若い頃から持っていた本で、アイザック・アシモフ著、皆川義雄訳『科学技術人名辞典』(昭和47年刊)という、いわば科学史辞典というような本があったので、これで調べてみるとアル・ハゼンというアラビアの物理学者の項目が見つかりました。10~11世紀にエジプトで活動した科学者で、どうやらこの人が光の反射や屈折と眼の仕組みを含めて光学の基礎を確立した人のようです。

こうしてみると、10世紀末に光学の基礎が確立されて以来今日に至るまで、光学の発展に寄与した科学者の誰もが鏡映反転現象の研究を行わなかったし、たぶん言及もあまりすることはなかったことがわかります。おそらく、それよりももっと重要で本質的に思われた解明すべき問題がいくらでもあったからという事でしょう。

上記に関し、私は今回の新著のアマゾンでの紹介文に次のような記述を加えました:

「本書は古くて新しい一つの問題 ― 鏡像問題、言い換えると鏡映反転現象の分析と解決に取り組んだ著者による二冊目の本になります。なぜ鏡像問題が古くて新しい問題と言えるのか?それはこの問題が近代科学の成立以前から知られていた問題であるにもかかわらず、近代科学の興隆から現在に至るまで自然科学上の問題としては軽視あるいは等閑視され、いわば半端な邪魔者で、無視できる問題であるかのように扱われてきたものの、徐々に心理学者の立場からその問題性があらわになって来たからであると思われます。端的に言ってこれは典型的な学際科学の問題であり、さらに具体的には一つあるいは一連の現象における物理過程と認知過程の結節点を明瞭に示す問題であるからともいえるでしょう。この辺の歴史を踏まえた事情については私自身、今後の課題としておきたいと考えています。」

一面から言えば、今回の私の研究で明らかになったように、この現象は光の鏡面反射と、光の屈折による凸レンズの結像作用との組み合わせによる現象であるため、光の反射と屈折という、光の個々の性質を個別に考えていたのでは解明できなかったという事情が考えられます。またカメラ構造のような結像メカニズムは光の性質自体とはまた別の要素と考えるべきなのかもしれません。というのもカメラのメカニズムは凸レンズではなくピンホールでも可能なわけですから。とは言え光の存在なくして結像機構はあり得ない事も確かです。

いずれにしても、光学に関与した物理学者がまともに鏡映反転現象に取り組まなかったという事実、特に視覚について多面的に研究し、一方で等方性幾何学空間と異方性知覚空間について本格的に考察したE・マッハに至ってもそうであったという事実には興味深いものがあります。この点については次回以後に考察したいと思います。

2025年10月17日金曜日

鏡像問題と哲学あるいは認識論 ― そのⅠ プラトンの着眼点

 本ブログで一時期、『鏡像の意味論』というシリーズタイトルで扱っていた鏡像問題はその後、現在まで私の別のブログ『発見の発見』にて更新を続けてきました。そちらのブログではすでにお知らせしましたが、この問題で筆者はこのたび新著をアマゾンのKDPにより出版しました。http://yakuruma.blog.fc2.com/blog-entry-490.html (アマゾンの販売サイト https://kdp.amazon.co.jp/amazon-dp-action/jp/dualbookshelf.marketplacelink/B0FSPLD5M1


この本のタイトルは『鏡映反転現象における 純粋な物理過程と認知過程』で、「鏡像問題の分析と解決そのⅡ」という副題が付けられているように、『鏡像問題の分析と解決』の続編になります。「そのⅠ」の方はタイトルが『視覚的認知過程における 等方空間と異方空間』で昨年、同様にアマゾンのKDPで出版したものですが、こちらは英吾版もあり、英語版はすでにLambert Academic Publishingから発行されていた『Resolution of Mirror Problem』の、事実上の日本語版に相当します。

「そのⅠ」の方は最初、Philsci Archiveにプレプリントとして公開した論文『Concept of the Isotropic Space and Anisotropic Space as principal Methodology to Investigate the Visual Recognition』が元になっており、今回の「そのⅡ」は、今般、オープンアクセスジャーナルから出版された『Tanaka., J. (2025). Purely physical processes of mirror reversal and its application to vision research. Nov Joun of Appl Sci Res,2(3), 01-11.』を指します。この論文は、最初Jxivに登録し、さらにOptica Openに登録したプレプリント版の最終改訂版に相当します。


上記二つの論文、個人的に第一論文、第二論文と称していますが、何れにおいても哲学者E・マッハとE・カッシーラーによって定義された等方性空間と異方性空間の相違という概念が考察の基調となっており、今回の新著で追加した「論文の解説と補足」では知覚研究一般における物理過程と認知過程の関係について考察し、特に認識論的カテゴリーの重要性について述べています。

鏡像問題において哲学的問題が相当に深く関わっているらしいことは、従来からよく指摘されていたことですが、それは全くその通りであることは私のこれまでの研究でも明らかにされてきたものと考えています。これは単に、よく言われるように、哲学者であるプラトンが考えたけれども回答を与えていないとか、同様に哲学者であるカントが考えた事柄と関係があるから、というような問題ではなく、鏡映反転のメカニズムの説明には哲学的な説明を要するという、さらに踏み込んだ意味で哲学的問題と言うべきだと思います。そう考えるとこの場合の哲学は、具体的に認識論ということになるのでしょう。その点を踏まえ、本稿ではあらためて哲学、特に認識論の視点でこの問題を振り返ってみたいと思います。冒頭でも述べたように、当初は本ブログで扱っていた鏡像問題関連は別ブログ『発見の発見』に移動させましたが、そちらのブログは科学的問題に関する関心が主体となっています。本ブログはどちらかというと ― 私自身は哲学に関して、素人としても、いまだ老年の初心者ではありますが ― 哲学に傾いた考察を行っていますので、今回のテーマは本ブログ『意味の周辺』で採り上げることにしました。


高野陽太郎東京大学名誉教授の著書『鏡映反転』は「紀元前からの難問を解く」という副題が与えられ、その前文で、「いまから2000年以上も前、紀元前四世紀に、哲学者のプラトンがすでにこの問題を論じている。」と書かれています。また吉村浩一法政大学名誉教授による著作『鏡の中の左利き』に寄せられた多幡達夫大阪府立大学名誉教授のコメントには次の記述があります。「グレゴリー(1997/2001)によれば、『鏡像ではなぜ左右が逆になるのか』という問題は、プラトン(427~347BC)の『ティマイオス』中ですでに論じられているそうである。」とあります。しかし、それらの記事には具体的にプラトンが鏡像の問題をどのように論じているのかについては全く記述がないのです。当初は私もそれについて、ただ2000年以上も前から知られていた問題であるという事実というだけの話で聞き流していたようなものですが、ごく最近になって改めてプラトンが実際どのように論じていたのかが気になってきました。

そんな今年の夏、近隣の町にある市立図書館で偶然、文庫本『ティマイオス』を見かけたのを契機としてティマイオスを読んでみようかと思ったのですが、その時は図書館内で読むことも借りることもなく、数日後に改めてその図書館に行くと、もうそのティマイオスはありません、その後、通常の貸出期間が十分に過ぎてからでも、別の町の図書館にいっても、見つからなかったことから、このティマイオスはプラトンの著作の中でも、人気のある本なのだな、と気づきました。そしてその人気がある理由の一つは多分、この本こそ、かの有名なアトランティス大陸伝説の発祥元であるからという事でしょうか。そこでどうせならいつでも読めるようにと自分で購入して、とりあえず関係のある箇所を探して読んでみることにしたのです。

購入した翻訳書は昨年、2024年に講談社学術文庫から発行されたばかりで、それもこの本が図書館で人気が出ているらしい理由の一つなのでしょう。翻訳者である土屋睦廣氏の解説に次のような記述があります。「『パイドン』などで自然学をあれほど厳しく批判していたプラトンが、物体の成り立ちから初めて、さまざまな自然物や人体の構造を嬉々として(私にはそう思えた)論じていることに衝撃を受けた」。ということは、これはプラトンの著作としても哲学というより、自然学に該当するという事でしょうか。読み始めてみると、普通の哲学書とは多少違った意味での難しさ、とっつきにくさがあります。一言で云うと、ティマイオスが語るのは一つの世界創世神話であって、神話的表現につきものの解釈の難しさがあるからです。というわけで、短編ではありますが今すぐこの本を読破する余裕もないので、鏡像問題に関係すると思われる箇所だけを、とりあえず読んでみました。

当該箇所は7ページ程度から成る第16節に含まれますが、この節は全体を神による宇宙創造過程とするなら、人体と人体機能の創造過程に相当すると言えそうです。この部分も全体として神話的象徴的な表現で解釈は容易ではないので、理解できる部分についてだけでの検討になりますが、まず興味深い記述として次のような記述があります。

「神々は後ろより前のほうが尊重されるべきで、支配するにふさわしいと考えたので、私たちの進行の大部分をその方向に定めました。そこで、人間は前方が後方とは区別され、異なっていなければなりませんでした。それゆえ、神々はまず、頭という容器にはそちらの方に顔を取り付け、魂がすべての先々の配慮ができるようにと、そこに諸々の器官を据え付けて、指導の任にあたるのはこの本性上の前であると指定しました。」― この箇所は前後という方向概念の起源であり、その意味で興味深く思われます。次に、
 「神々は器官のなかでも光をもたらす眼を最初に作り上げて据え付けましたが、それは以下のような原因によってでした。」で始まるところから眼の創造のプロセスに対応してその構造と機能の説明が続き、この説明に続いて鏡が映像を作る作用の説明にいたり、その中でいわゆる左右の鏡映反転のメカニズムも説明されています。そのメカニズムの説明原理はやはり神話的というか、今日の我々が持つ概念で納得できるものではありませんが、ただ重要なことは眼の機能と視覚メカニズムとの関係で説明されていることははっきりとわかります。

このように、眼の構造と機能との関係で左右の鏡映反転が説明するという発想は、その点に関する限り、私の前回および今回の第一論文と第二論文における説明根拠と同じでなのです。他方、その発想は、私がこれまでに鏡像問題で参照したどの先行論文でも見られなかったことです。これは実に興味深い問題性を提供してくれます。

ウィキペディアの幾つかの項目を参照したところでは、幾何光学は古代ギリシャ時代にはある程度確立されていたそうですが、それはプラトンの時代以降のようです。ただし、眼の機能に関してはプラトンの考え方が幾何光学の成立に影響を与えたとの見方もあるようです。いずれにせよ、幾何光学的説明として、プラトンによる眼のメカニズムの説明に現代人から見てわけの分からないところがあるのは、当然の事でしょう。

それにしても、プラトンが眼の構造と機能との関係で鏡映反転を説明しているのに対して近現代の専門科学者たちがその点を見逃していたという事実には、相当深刻に考えさせられるものがあります。それは一方でプラトンの慧眼によるものという事もできますが、他方では、近現代科学の方法論的慣習に、何か研究者の目を曇らせるような問題性が潜んでいるのではないかという気がするのです。

その問題性の少なくとも一つは、幾何学と数学への過度の依存ということにあるのではないかと思うのです。鏡像問題の場合は対掌体や鏡面対称性の幾何学的な性質と、座標系における数学的な記述や処理といった手法に、短絡的に依存するという傾向が伺えます。挙句の果てに、幾何学的なモデルに過ぎない鏡面対称性を成す虚像と実物の対を、実在する物体の対とを同等に扱うという錯誤に行き着いてしまうことにもなります。

私が第二論文をある科学ジャーナル(Optics Continuum)に提出した際、一人の査読者の拒絶理由に、科学に認識論を持ち込んではいけないということ、そして数学的モデルができていない事が挙げられていました。これはまさに上述の問題性を裏書きしている事になるのではないかと思います。ただし、当のジャーナルの編集長 ― 女性でしたが ― は私の論文に好意的であったように見受けられました。この種のジャーナルでは編集長の意向は必ずしも最終的な判断にはつながらない様に見受けられました。




2023年6月20日火曜日

別ブログへの関連記事更新のお知らせ。

 筆者の別ブログに本ブログに連載中シリーズ記事に関連する記事を掲載したのでお知らせします。タイトルは『柄谷行人著『反文学論』の一読に思う』https://yaguruma.hatenablog.jp/entry/2023/06/18/204451

です。この記事は本ブログに掲載しても良いテーマで、内容的にも連載中記事と多少は関係あるのですが、現在連載中の記事を中断しないため、筆者の別ブログ『矢車SITE』に掲載した次第です。

2023年5月1日月曜日

神秘からの逃走先としての科学と科学からの逃走先としての芸術 その1、科学と憧れ ― 政治思想と宗教と科学、宗教と神秘主義と科学(共産主義、反共主義と宗教、神秘主義)― その7

科学と憧れ ― 憧れとは何者だろうか

 少年期から青年期初期にかけて、私にとって自然科学は最高の憧れの対象であった。しかし ― 数年間の就職期間と浪人期間を経た後であったが ― 自然科学を専攻する目的で大学入学した時点では、一面においてではあるが、すでに自然科学に幻滅を抱いていた。それでも自然科学を専攻した理由は、名目的には就職の適性を考えてのことであったが、当初の憧れがまだ惰性を持っていたという面もある一方で、自然科学とはいったい何なのだろうかという、いわば科学の本質について少しでも極めたいという、野心めいた気持ちもあったのである。もちろん、そういう目的が就職につながる筈もなかったが、憧れの対象の方向はそちらの方に屈折していった趣がある。

そういう間にも、いつも考えていたことは、そもそも憧れとは何であろうか?ということ。また幻滅についても、なぜ幻滅を感じるようになったのか?ということである。憧れについて言えば、憧れの対象は何であれ、何かに憧れる気持ちというものは、人により程度の違いはあろうけれども、何か止むに已まれぬ欲望のような処がある。もちろん小学校低学年程度の子供時代にそれが憧れであるというような意識は持つわけもないが、その後の科学への思いは確かに憧れという言葉でしか表現できないものであった。憧れとは、何か心を満たすものを求めるという意味で、欲望と共通するところがある。では欲望とはどこが違うのかと問えば、それはいろいろと考察する切り口はあるが、差し当たって言える一つのことは、欲望の方はそれ自体が科学的考察の対象となっていることである。もちろんそれは心理学の対象であるが、フロイトが始めた精神分析ではその中心概念になっている。こういう点で、憧れはいまのところ、科学の対象外である。であるからこそ、私は科学に憧れることができたとも言える。「科学への憧れ」は言葉になるが、「科学への欲望」は、言葉にならない。欲望の対象は物質的なものか、生理的なものであるからである。

ともあれ、私にとって科学はそういう憧れの気持ちと強く結びついていた。後から訪れた科学への幻滅の気持ちも、それが憧れであったからこそであろう。

一方、科学に憧れるといっても、科学とは何であるかを最初から分かったうえで憧れたわけではない。そもそも憧れの対象は最初からそれについて知っているものではない。科学という言葉から何とはなしに受け取れる印象あるいはイメージから憧れに気持ちを抱いたに過ぎない。そうだからこそ、将来にわたって科学とは何かについて考え続ける羽目になったのである。

そもそもの発端は、記憶が及ぶ限りで、小学校の科目で理科という科目の授業を受け始めたことにある。理科という科目は私にとってその他の、国語や社会とは明らかに違ったインパクトを持つものであった。それは理科という言葉の語感とも関係していたように思う。今まであまり考えた記憶はないが、いま改めて理科に相当する言葉を英語やヨーロッパの言語で調べてみると、いずれも「科学、Science」かそれに相当する言葉である。中国語でも「科学」となっている。調べてみると、実際にアメリカの小学校の授業科目としての理科はScienceとなっている。日本で「理科」という言葉を誰がいつ頃小中学校の科目として使われるようになったのか、何故、中国でこの言葉が使われないのかについては興味深いところがある。普通の辞書や従来の百科事典にはあまり「理科」という項目は見つからないが、ウィキペディアには「理科」の項目があり、その記述には結構興味深いものがある。やはり、日本発祥の言葉であるが、中国語には取り入れられていないらしいことも興味深いものがある。それによると「理科」という言葉は当初、江戸時代の蘭学者によって、物理学を意味するオランダ語の訳語として発案されたとある。とすれば、「物理学」は「理」に「物」を付けた言葉であるからその後にできた言葉と思われる。やはりウィキペディアで調べてみると、「物理学」については語源的な記述はなく、また「物理」を引くと「物理学」に転送される。おそらく「物理」と「心理」は共に、「物理学」と「心理学」の後からできた言葉であろう。

以上から、詳細な論理は省略して一つの結論を出すと、理科という言葉の概念は基本的に自然科学を意味するが、可能性として心理学をも含みうるもののように思われる。現在、科学とされている社会科学や歴史は含まれないことになる。もちろん、現実に小学校や中学校の理科には心理学的なものは含まれていなかったはずである。また高校以上になれば理科という科目はなくなり、個別科学になるが、それでも大学やそれ以上の教育を含めて理科という概念は意味を持ち続けていると言えるだろう。

ともあれ私の憧れの対象としての科学は、理科という言葉による概念に始まるということができる。

2022年12月14日水曜日

一神教、科学主義、および神秘主義という三つの概念ないし理念を個人的体験をとおしてみると (2):キリスト教文化的芸術の私へのインパクト ― 政治思想と宗教と科学、宗教と神秘主義と科学(共産主義、反共主義と宗教、神秘主義)― その5

 明治以降の日本人が学校教育で教えられたり、広く社会や家族を通して得られたキリスト教文化的なインパクトというものに注目し、分析するという場合で、その対象が科学や哲学に該当する場合、個々の対象についてそれがキリスト教文化に固有のものであるかどうかという判別は簡単にはできそうもない。哲学的なものや科学的な考え方や成果といったものはキリスト教以前、特にヨーロッパではギリシャの哲学や科学という伝統があったはずである。もちろんヨーロッパ以外にもある。中世のキリスト教神学にはアリストテレスの哲学や科学が取り入れられていたことはよく知られている。シリーズの最初の記事で、近代科学が一神教としてのキリスト教と深い関係があるという考え方については、それを検証すること自体がこのシリーズ記事の目的の一つでもあるので、それについては後回しにしたい。

明確なキリスト教のラベルがついている文化的なものと言えば、それは芸術分野に属すものだといえるだろう。建築では教会建築がキリスト教文化を代表している。しかしキリスト教の教理と関係があるのは建築様式や形式であって、建築の与える印象そのものとは言えない。絵画では宗教画と言われる分野がある。しかしその場合も教理と関係があるのは図像的な意味であって、形式と様式のような約束事に関わるものであり、絵画が与える芸術的な感銘とは異なるものだと思う。音楽の場合はさらにそれがはっきりする。そもそも純粋な音楽でキリスト教の教理とか一神教の理念とかを表現できるわけがない。音楽で表現できるものは、言語で表現される理念や概念のようなものではない。それは造形芸術でも同だろうが、音楽の場合はその点で造形芸術に比べて純粋であるといえる。造形芸術の場合はそれが、先に述べたような図像的な意味と分かちがたく結びついている。一方で音楽は言葉と結びつくことが多いが、必ずしも常にそうではなく、言葉と音楽は明確に区別できるものである。

それに加えて、西洋音楽の場合、キリスト教は特に音楽を重視してきたことはよく言われることであり、またクラシック音楽そのものの発祥の起源がキリスト教の教会の儀式にあるといわれ、多少ともクラシック音楽に親しみ、馴染んで、知識をもっている日本人なら、だれでもそういう印象を持っていると思われる。日本の義務教育で行われている西洋音楽史の授業でもその程度のことは教えられている。また一部の賛美歌やクリスマスソングなども日本人一般に浸透しているし、カトリックのミサ曲などもクラシック音楽の一分野として、ある程度の人気のある分野である。ただ興味深いことは、ミサ曲の中でもレクイエム、日本語で鎮魂ミサ曲の人気が高いことである。死者の鎮魂という風習は人類に普遍的であって、日本人にとっても何の違和感もない。この傾向はヨーロッパにおいてもそうなのだろうか。たとえば、ブラームスはプロテスタントであるにもかかわらず、鎮魂ミサ曲を書いたことで知られる。もっとも、同じプロテスタントであったバッハの書いた、有名なロ短調ミサ曲という例もある。

このように、クラシック音楽は西洋のキリスト教ないしはキリスト教会が発祥と言われていても、クラシック音楽自体はすでにキリスト教の教会音楽そのものではなくなり、実際に教会で儀式や祈祷に使われるミサ曲や賛美歌自体がキリスト教からも離れてキリスト教徒ではない日本人にも親しまれている。私自身もそういう日本人の一人でもある。このように、多くの日本人にとってと同様、私の場合も、クラシック音楽一般のみならず、キリスト教の教会音楽についても、キリスト教の教理とも一神教の理念とも無関係に、端的に言って有難い「芸術」として受け入れているという他はない。

とはいうものの、やはりクラシック音楽のなかでも、何かジャンルとして宗教音楽と分類されるものや、キリスト教との関わりを想起させるような、あるいは宗教的といわれるような作品にはなにか特別に高尚な作品群であるという印象を持っているのは私だけではないだろうと思う。

一つの典型的な例と思われるものはブルックナーの交響曲を主とする作品群である。一般にブルックナーと言えば、彼が熱心なカトリック教徒であったことからカトリックの信仰との結びつきについて語られることが多い。ウィキペディアの記述を見てもそうだが、古いブリタニカ国際大百科事典の日本語版を見ても、次のような記述がある:
「敬虔なカトリックの世界観に根ざす彼の深い精神性も、当時の知的潮流から彼を遮断してしまった。」

実のところ、私はブルックナーの生涯や人となりについてあまり知らなかったので、最近になって短い伝記作品を読んだが、だいたいそれまで持っていた印象のとおりで、彼が幼少期からカトリック教会に聖歌隊の隊員として預けられたことに始まり、何度も教会の専属オルガニストとして人生の長期間を過ごしたことや、交響曲以外にはミサ曲やオルガン曲を作曲した一方でオペラや派手な協奏曲などは書かなかったことなど、まだ人となりについては、やはり敬虔なカトリック教徒という表現がふさわしいが、かといって聖職者のような生活をしていたわけでもないことなど書かれている。

ただし、私が若いころに初めてブルックナーに関する短い文章を読んだのは、彼の有名な指揮者フルトヴェングラーの『音と言葉』という日本語訳タイトルの著作の一部で、著者一流のブルックナー論とでもいえる内容の、二十数ページからなる一章であった。そこではキリスト教、キリスト教会、カトリック、といった言葉は使われていなかった。もっともそれはブルックナーの伝記的な紹介のようなものではなく、深く掘り下げた作曲家論とでもいうべきものである。全体としてかなり主観的で理解しづらい文章だったが、次に引用する一節がある。

「彼(ブルックナー)に課された運命は、超自然的なものを現実化し、神的なものを奪い取って、吾々人間的世界の中へ持ち込み、吾々の世界に植え付けることでありました。魔神との戦いの中にも、また至高の浄福を歌う響きの中にも、――この人の全思と観念とは彼の内部の神的なるものに向かって、彼の上に司宰する神々に向かってその深遠な情感を尽くして捧げられています。彼は決してただ音楽家であるという様なものではありませぬ。この音楽は真の意味に於いてあのドイツの神秘思想家、あのエックハルト、ヤーコプ・ベーメ等の後継者であります。(芳賀壇訳)」

これは、簡単にいってブルックナーは神秘主義者であり、その音楽は神秘主義的である、と述べていると言ってよいだろう。ブルックナーが具体的にエックハルトやヤーコプ・ベーメを研究して音楽にそれが反映しているのかどうかについてまでは、フルトヴェングラーは何も書いていない。またもちろん、私のように、専門的に音楽を研究しているわけでもなく、趣味的に、しかも殆ど録音で音楽を聴いているだけでは知る由もない。また、「神秘思想」や「神秘主義」も、キリスト教の教義や一神教の理念などと同様に、言葉でしか表現できない概念や理念であって、音楽で表現できるわけではない。しかし神秘、神秘感、あるいは神秘性、神秘的な感情といった何か神秘的としか言いようのないものは音楽で表現されうるものであり、聞き手は音楽から感じ取ることはできる。これは造形芸術でも同様で、同じ西洋美術の範疇でもモナリザの微笑や聖堂建築の荘厳さなど、多くの例を挙げるまでもない。

一つの結論として、私にとっても、多くの日本人にとっても、西洋のキリスト教のラベルが付いた芸術が持つ魅力、そこから得られる感銘はキリスト教の教理や一神教の理念ではなく、むしろその神秘感ないし神秘性にあると言え、宗教との関わりでいえば、むしろ一神教よりも多神教に馴染むものであるといえる。上記のフルトヴェングラーの言葉の中でも、「魔神」とか「神々」という言葉が使われているように。

上記の事情は、次に引用するフロイトの指摘にも関係がある。
フロイトの「モーセと一神教」から「Ⅲ モーセ、彼の民族、一神教」の第一部の終わりに近く、ユダヤ教からキリスト教が誕生する経過のまとめとして次のような一節がある。「この新しい宗教は、古いユダヤの宗教に照らしてみるならば文化的退行を意味していた。キリスト教はユダヤ教が上りつめた精神化の高みを維持できなかった。キリスト教はもはや厳格に一神教的ではなくなり、周辺の諸民族から数多くの象徴的儀式を受け入れ、偉大なる母性神格をふたたび打ち立て、より低い地位においてではあるにせよ、多神教の多くの神々の姿を見え透いた隠しごとをするような仕方で受容する場を設けてしまった。これらを要約するに、キリスト教は、アートン教やそれに続くモーセの宗教のようには迷信的、魔術的、そして神秘的な要素の侵入に対する峻拒の態度をとらなかったのであり、結果としてこれらの要素はその後の二千年間にわたって精神性の展開を著しく制止することになってしまった。」

このフロイトの分析では、一方的に一神教が高次の優れた宗教であり、多神教が低級な宗教ないしは文化であることを前提に語っている。それはフロイトの科学思想にも関係が深いように思われる。フロイトの精神分析については、フロイト自身はそれが科学であることを誇っているように見えるが、一方で一部の科学者からは、精神分析が科学ではない、または科学的ではないというような批判がある。この点では、フロイトも、フロイトの精神分析を科学ではないという理由で批判する側も、どちらも科学主義者であるといえる。また、神秘主義や神秘主義的な思想を批判し、神秘的なものを否定するという点でも共通している。例えば、フロイトはユングの神秘主義的傾向に批判的である。上記の引用においても、フロイトは明確に神秘主義的な要素を拒否し、「アートン教やそれに続くモーセの宗教」を高く評価していることは明らかである。上記引用中のフロイトが「精神性の展開」と呼んでいるものは、科学的精神とでも呼ぶべきものなのであろうか。

他方、上述のフルトヴェングラーからの引用中には、日本語訳ではあるが、「魔神」と「神々」という、神的なものに二極性の表現が用いられる。実際、一般に芸術に表現され、感じ取られる神秘性には不気味で恐ろし気なものと対極の神々しさや神聖さという、両極を含んでいる。それに対してフロイトの思想においては神秘性そのものが全体として克服されるべき低級なものとみなされているように見える。

【以下は12月22日に追記】

科学主義的な傾向は一般に、宗教よりも神秘主義を批判し、否定しようとする。それはフロイトのように一神教を多神教よりも高次の宗教として評価する傾向と符合する。

ところで、科学主義的な言説は宗教における言説と同様、基本的に言語で表現され、規定されるものであり、科学それ自体、個々の科学分野も言語で表現されるものである。一方の音楽は言語ではない。造形芸術も言語ではない。芸術は、特に音楽は言語的ではない。造形芸術も言語ではないが、図像は象形文字やピクトグラム、絵文字、あるいは文章中のイラストレーションなどのように言語と組み合されても使われるなど、音楽よりも言語に近いところもあるように思われる。音楽ももちろん言語と結びつくが、音楽の場合は科学的な言語ではなく詩やドラマのような形でのみ、つまり芸術的な表現でのみ言語と結びつく場合があると言える。この問題も深入りすると際限がないので今は打ち切らざるを得ないが、一つの重要な、事実とまでは言えないが、少なくとも傾向として、科学主義は神秘主義と神秘性を受け入れないが、音楽を始めとする芸術は神秘性と馴染みが深く、見方によっては、神秘性と神秘主義こそが芸術の究極でないかとみなす考え方があってもおかしくはないと思われる。

次回からは、科学主義(あるいは科学志向)と芸術という両極との、私個人的な関わりを反省してみることから、両者の関係について考えてゆきたいと思う。