2012年2月5日日曜日

「可能性」の可能性、多様性

(先回、「再生可能エネルギー」の意味論めいたものを書きましたが、その続編です)

前回は主として「エネルギー」を「エネルギー資源」とすべきだという趣旨に重点を置いていたと言え、そのため「再生可能」の「可能」の意味についての掘り下げが不足していたように思う。

「再生可能」の構成要素である「再生」の方も相当にあいまいで怪しげな言葉である。元来日本語の「再生」は生物学用語なのではないだろうか。「再生可能エネルギー」の場合の再生は生物学的に使われているとは思えない。かといって物理学的でも化学的でもない。それはともかく、今問題にしたいのは「可能」の方である。

「再生可能」は英語のreproducibleに相当すると考えてよさそうだが、英語の接尾辞ableは日本語では、「可能」よりも「可能性がある」に近いように思われる。だいたい可能性を表す場合、日本語では基本的に可能動詞を使うのが本来だろうし、英語でも助動詞を使う場合が多く、さまざまなニュアンスで語られるものであり、微妙な表現を要求されるものなのである。

とりあえず今は「可能である」と「可能性がある」との違いについて考えてみたい。

どちらも専門用語のように厳密に意味が定められているわけではないだろうが、端的に言って「可能である」は正確には「任意に可能である」に近いと思われる。それに対して「可能性がある」は、「可能な場合もあり得る」に近いといっても良いだろうと思う。

つまり、一方の極に「任意に可能である」があり、もう一方の極に「可能な場合もあり得る」という意味があり、単に「可能である」は「任意に可能である」に近く、「可能性がある」は「可能な場合もあり得る」に近いと思われるのである。

「任意に可能である」とは、具体的には主語、この場合は人間の意志によって任意に可能という意味で良いと思われる。その気になればいつでも可能ということである。一方、「可能な場合もあり得る」の「場合」を考えてみみると、これは実に多様であり、時間的、空間的、その他千差万別の条件であることがわかる。

例えば、風力を考えてみた場合、実用的には一定の地点における「再生」を考える必要がある。つまり、かなり長期間の平均を取ってみれば、場所により、再生は「任意に可能」に近づくが、秒~時間~日単位の平均をとれば「可能な場合もある」にとどまり、安定した再生はむしろ「不可能」と言うべきである。太陽光も同様である。どちらも天然の気象に依存しているからである。

一方の対極にあると思われている、すなわち「再生可能」ではないとされている石油の場合、一定地点、発電所などの使用現場における供給は、条件が整えば、秒単位ではもちろん日単位、月単位、あるいは年単位でも継続使用が可能であろう、ということは ― 使用現場における刻一刻の ― 再生が可能だということである。もちろんそれには一定の条件が必要だが、少なくとも現時点では人為的な努力でそれが可能だということである。

化石燃料の場合は埋蔵量の問題とともに、天然に生成する地点における自然再生が可能かどうかという問題は石炭を除いてまだ解明されていないようである。しかしいずれも過去にそれらの資源が生成したメカニズムが今も継続していないとはいえない。燃料ではないが、石灰岩など、今も海の中でさんご礁や貝殻の沈殿物が元になって遠い将来の生成過程に繋がっている。

金やレアメタルなど希少元素にしても、人間が消費した所で地球上から消えるわけでもない。金は消費するうちに拡散する分があるにしても、基本的に昔からリサイクルが常識である。資源のリサイクルは最近のエコ思想、運動に始まるわけでは全くない。

エネルギーは消費されるが、エネルギー資源はすべて何らかの意味で自然再生しているといえる(核燃料を除いて)。もちろんその大本はすべて太陽に由来する。

上記(エネルギーは消費されるがエネルギー資源何らかの形で再生し得るということ)を考慮すれば、エネルギーエネルギー資源は厳密に区別する必要があるといえる。


バイオ、とくに栽培植物、穀物や、海藻、藻類などの場合は人間の栽培によるのであるから、明らかに人為的再生が可能といえる。しかし、必ずしも任意とは言えず、一定の条件が必要なことは言うまでもない。まあ強いて言えば、常識的な判断で「再生可能」という言葉がニュアンス的に最も相応しいのはこの種の資源のことと言えるかも知れない。

以上のような次第で、いずれにせよ、事実上あらゆるエネルギー資源は「再生可能エネルギー」資源ということになるのであり、その「可能性」は各エネルギー資源の性質により千差万別としか言い様がなく、「再生可能」なる区分はまやかし以外の何者でもない。今とくに問題になっている風力発電と太陽光発電を一緒にする必要があるのであれば「気象エネルギー」が適当であろう。水力の場合はもう少し長期的に考える必要があり、気候エネルギーと呼べないこともない。いずれにせよ、具体的に風力発電、太陽光発電、水力発電と呼ぶに越したことはないのである。

ちなみに、
ウィキペディアで見たのだが、食用塩に「天然塩」とか「自然塩」と表示することは公正取引委員会で禁止されているそうである。また、「ミネラル豊富を意味する表記は不当表示となる」そうである。これに対比するに、「自然エネルギー」や「再生可能エネルギー」のような用語が法律に使われるという現実をどう考えれば良いのであろうか。


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