2021年8月5日木曜日

西垣通著『AI 人工知能のコンセプト(1988年、講談社現代新書)』再読 ― その1、三種類のAI概念

去る五月、引っ越しの準備を機に蔵書の半分ほど削減することを目標に整理を行った際、偶然にも表記の本一冊を手に取った一瞬、処分する方に回そうと思ったが、すぐに思い直して残しておくことにし、今、引っ越し先の住まいで読み終わったところである。最初に処分しようと思った理由は、端的にいって今ではもうAI、人口知能という言葉と概念に辟易していたためである。しかしすぐに思い直して読み直そうと思った理由は、もともと、当時から人工知能という言葉と概念には反感を感じていたけれども、本書自体は拾い読みした程度で実際には一読したとも言えず、内容もほとんど記憶していなかったし、AIという言葉に辟易していたとはいえ、この現在に至ってますます盛んに用いられるようになった言葉と概念について、もう少しは掘り下げて理解する必要を感じたからに他ならない。

著者の西垣通氏は、実は私と同年齢である。 調べてみると生年月日も極めて近い。もちろん、経歴や業績の差は比較にならない。著者がこの本を出したのはちょうど著者40歳の頃になるが、その当時の同年齢の私は一地方大学の卒業を挟んで何回かの転職を繰り返した後に宝飾品の加工職人をしていた筈である。私が購入したのは1992年の第三刷であるから、ちょうど不景気で宝飾品加工業の先行きも怪しくなり、転職を考え、間もなく50歳にもなろうかという時期にパートのアルバイトもしながら放送大学で情報工学やプログラミングなどを受講してみたり、と、あれこれ迷ったり、あがいていた時期でもあった。所詮、ITの専門家に転身などできるはずもなかったが、それでもその後から現在に至るまで実利につながるパソコンユーザーになることができ、身を助けることになったことは有難いことではあった。

さて、本書を今度読み返してみて、というより、初めてまともに通読してみて改めて気付いたことは、コンピュータサイエンスに関する西垣氏の思想的態度には、前提知識の圧倒的な差にも関わらず、結構共感できる部分が多いことであった。しかし決定的に私とは異なる点をも発見できたように思う。

一つの概念として語ることが困難なAIという用語 ― 現実に存在する技術としてのAI概念とAIそれ自体、また到達目標としてのAI概念

この書は「AIとは何か」という、AIの定義から始まり、この言葉がアメリカ生まれの言葉とされ、かつては人工頭脳と呼ばれたこともある、と書かれている。私自身がこのブログで、AIは人工頭脳と同じものを指しているとする記事を書いたが、同じ認識であったことになる。ただ、著者自身も述べているように、AIという用語は極めて多義的で、そもそもどういうカテゴリーに属すのかが把握しにくいと思われるのである。ちなみに本書には次のような記述もある:「AIという分野は何も珍しいものではない。米国の大学の某研究室には、三十年も前からAIの看板が麗々しく掲げられている。」ここではAIは「分野」として説明されている。こういう所では、「何の分野なのか?」という問題が気になる所である。

本書の中ほどで、ドレイファスという名前の、「反AIの闘志」と呼ばれる哲学者の紹介とともに「反AI」という一つのキーワードが登場する。ここではその内容について議論はしないが、このようなAIという用語の多面的な使われ方をみると、AIについて語る場合にそれを1つの概念として語ることが困難であることに気付く。そこで、この見出しのように、取りあえず次の3つの意味に分けて考えるのが良いと思われる。

  1. 現実にAIという触れ込みの下で存在している技術で、完全であるかどうかは問われない。例えば機械翻訳システムとか、自動運転システムといった技術。こういうものはすでにAIという名称で通用しているのだから、総称する場合にはAIと呼ぶしかないともいえる。しかし、例えばITという更に総称的な用語を使うこともできるし、また単に、即物的に機械翻訳システムとか自動運転システムなどといえばそれで済む話である。ソフトウェアとハードウェアの組合せに過ぎないともいえるので、私自身は「AI」はできるだけ使わないことにしている。
  2. AIという用語それ自体の概念。あるいは理念と呼べるかもしれない。そもそもAIという概念に相当するものが存在し得るのか、という議論に導かれるような概念である。
  3.  実現すべき最終目標としてのAIの概念。

本書は、冒頭の数行で上記「1」の問題に触れ、その後前半で「2」の問題を扱い、中ほどで「反AI」について紹介した後、その後の後半で「3」の問題を扱っていると言える。 次回以後、これら「2」と「3」に関して本書と本書に込められた著者の思想について感想を述べてみたいと思っている。



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